合点がいったとは言い難い。それでも、イツカが保管に気を配る対象の姿を 垣間見た。小さなラボの中で息を潜め、いや、二度と息吹くことなく、ただ、 じっとしているモノ達。それはとうに人でなくなった“物”だった。 まさか、本気で死体を盗まれたら困るとか、そんな心配しているわけじゃない だろうな? その場でも、ウィルは自分の疑問を口にしたはずだ。到底、納得出来ないこと だったからだ。 『おまえ、何を保護するつもりだ? 保護って、生きている人間を対象にやる ことだろ? 死体じゃ、もう保護の仕様はない。手遅れじゃないか?』 『そう?』 イツカは怪訝そうに小首を傾げた。 『僕はそう、違いって感じないけどね。生きていても、死んでいても、大して 違わないような気がする』 『おい。大違いじゃないか。生きているのと死んでいるのじゃ、普通、いや、 絶対、大違いだ』 『そうなんだ』 イツカはけろりとしたものだった。 『ま、何かあった時、他人を疑うのは気持ちの良いことじゃないから、全て、 自己責任で管理していた方が気楽だよ。だから、誰も部屋には入れない。簡単 でしょ?』 『それは、な。だが、おまえ、毎度毎度、一人っきりでここを掃除しているの か? 結構、広いし、いかにも、一々、手間取りそうな物でいっぱいじゃない か?』 ウィルは周囲を見渡し、その手間を考え、他人事ながら、げんなりとする。 作業室、書斎、応接室。それぞれはさほど広くないが、それでも、細々とした 物で埋め尽くされている。シャロームが日柄一日、狭いアパートの掃除に明け 暮れることを思うと、仕事終わりにするには結構な重労働には違いなかった。 『大丈夫。慣れると大した手間じゃないから。それに時々、マークが手伝って くれる。業者も呼ぶ必要がない』 ウィルは思いがけない名前に、ピクリと眉をそびやかした。 『あんなセレブにお掃除なんて、そんな芸当が出来るのか? あいつ、おまえ 以上に何でも人任せな、大層な生活しているじゃないか?』 イツカは小さな苦笑いを浮かべた。 『君はマークを知らない。彼、電気とか、水道の工事が出来るんだよ。面白い 特技だよね』 『電気? 水道?』 聞いたことがあるような、ないような不可思議な感触が胸に湧き上がって来た が、ウィルにはその疑問を自力で解消することが出来なかった。 『何だ、それ? 聞き覚えがあるような、ないような、こう気色の悪い、嫌な 感触があるんだが?』 『それじゃ、ティムから聞いたんじゃない? 彼は随分とお喋りだからね』 そう答えるイツカの横顔に薄い笑みは浮かんでいた。しかし、そこに話題の主 であるティムに向けられるべき好意は感じられなかった。 『つまり、ティムは無駄口を叩くと?』 イツカは微笑んだ。 『ティムは油断ならない。だから、基本的に家には入れたくない。フォレスが 招き入れるのは止めないけど。“同郷同士”、積もる話もあるだろうからね』 ウィルはどうやら、マークの実体を知らないらしい。そして、イツカはティム は油断ならない存在だと認識している。その違いは何を意味しているのだろう ? たぶん。ウィルは呟いた。 こいつはオレより、いや、オレが思う以上に、こうなった“意味”がわかって いる。納得しているんだ。 |