数日前からひたすらに音もなく降り注ぐ雨粒達の行方を、麻木は考え続けて いた。 『行く先に墓はあるのか』 二十年も昔に一人息子が書いた詩の一文が今日まで奇妙なぐらい鮮明に、強く 記憶の隅に引っかかり、居座って、時々、麻木に問い掛けて来る。 『行く先に墓はあるのか』と。 十五の子供が宿題で書く詩にしては達観した内容だったと思う。だが、実際、 麻木はその一文以外は大して覚えていなかった。ただ。墓という一語の、その 強烈さに驚き、その一文だけを脳裏に焼き付けてしまったに過ぎないのだ。 だって。誰だって驚くだろう? 十五の子供、それものんびりとした笑みを浮かべた穏やかな子供がその頭の中 ではそんな非日常的な言葉に一人、親しんでいたのかと。 彼の利発そうな可愛らしい顔とその言葉は結びつかせ難かった。そして、 今日、起こっていることとも。 麻木は一時間近くも、こうして公園のベンチに座り、辺り一面に降り注ぐ雨 を見つめながら考えている。青く塗られた木製のベンチは街灯に照らされて、 濡れて、歪んだ黄色い光を浮かべていた。麻木にはその黄色い光が何かを皮肉 るような、そして誰かをあざ笑うような、そんな歪みに見えてならなかった。 考え過ぎだろうか。麻木はまた、ため息を吐く。そんな行為が何の気休めにも ならないことくらい、十分にわかっている。承知している。それでも、麻木は ため息を吐かずにはいられなかった。 なぜなら。 なぜならば。 麻木は今、自分の人生の全てとも言える、大切な者の存在を、命を脅かされて いるのだ。 ねじ曲がり、まるで麻木をせせら笑うかのように故意にそっと、寄り添い、 横たわる黄色い光。それはこのベンチのみならず、いつでもどこでも麻木には 見えた。なぜなら、妖しいその光は常に麻木の一人息子の周辺にいて、時折、 これ見よがしな点滅を繰り返していたからだ。 なぜなんだ? なぜ、オレにおまえが見える? なぜ、おまえはオレとあいつ の間を行ったり来たりしているんだ? それは定年間際の麻木にはあまりに強い、強すぎる光だった。冴えない地味 な人生を送って来た自分には不似合いな眩い光。しかし、その歪な光は確かに そこかしこで点滅を繰り返し、意図してか、しないでか、危険だと警告を発し 続けていた。 黄色い光が発する声なき知らせを身体中が感じ、身体中が不安を覚えている。 それにも関わらず、麻木にはその不安を解消する術がなかった。 オレは無力だ。何もしてやれない。 そう思うと夜も眠れなかった。重い両の瞼には常時、忌まわしい光景が浮かび 上がり、決してその幻から逃れられなかった。事件が解決しない限り、自分は 救われないだろう。そう知ってもいた。 今、麻木の頭の中には四六時中、四つの死体が代わる代わる浮かび上がり、 漂い、沈み、また浮かび上がる。彼らは決して、四つ一度に麻木の記憶の湖底 に沈んで姿を消すことがなかった。 酷い姿でオレにつきまとってやがるんだ。 |