“ここにいたい”、そう熱望するだけの理由はある。しかし、その一方で一刻 も早く、出来るなら今すぐこのベッドを飛び出し、素足のままでも構わない、 即刻、ここから“逃げ出したい”と望む強い衝動も持ち合わせていて、それも またウィルの偽らざる心情なのだった。ここにいて、待ちたい。ここから逃げ 出したい。相反する二つの思いが常に胸中に居座って、落ち着かないし、それ がこの嫌な切迫感の源となっていることは間違いなかった。 だから、眠れない。こんなんじゃ、安眠なんて出来っこない。枕のせいなんか じゃないんだよ、結局。 確かに今、抱き締めた枕はくたびれている。毎晩、それを使用する当事者で あるウィルに、それが取り替え時だとわからないはずもない。実際に夜な夜な 熟睡出来ずに困っているのは、ウィル自身なのだ。 オレだって取り替えたいよ。いくらオレが安月給だって、これくらい、すぐに 買い換えられる。でも、替えたくない。絶対、買わない。取り替えてたまるか って言うんだ。誰が、替えてやるもんか! ウィルは一息に息巻く。 オレが損をするってだけの、つまんない意地かも知れないさ。でも、それでも オレは替えない。だって、あいつが、あの女がだよ。自分が世話してやった、 自分のおかげでウィルは熟睡出来る。だからウィルは幸せ者だって、あの女、 本気で大喜びしやがるから。ったく。何、言ってんだよ? 絶対、あいつだけ は喜ばせてなんかやらない。やるもんかッてんだ。 今、枕を買い換えること、それは即ち、口喧しく、日々、枕を取り替えろと せっつく“彼女”の要求を受け入れることになる。結果的にはそうなるのだと 思うと、ウィルにはどうしても枕を取り替えることが出来なかった。ウィルは こっそりと、枕の下に押し込むようにため息を吐く。 馬鹿だよな、オレ。ふかふかで気持ち良さそうな、真っ白い枕をクローゼット の奥で何週間も眠らせたまま、こんな汚いへたった枕を抱き締め続けているだ なんて。 ウィルは“彼女”が用意したそれを使うのが嫌だと言う、ただその一心で、 頑なにこの古い枕を使い続けているのだ。意地は大事だと信じている。だが、 さすがにすっかりくたびれた枕はとうに限界に達していて、とてもではないが 眠れたものではなかった。 オレだってわかっているんだ。あれも、これもこんなじゃいけないとわかって いるんだ。 ウィルはまだ眠っていたい、いや、眠っているべき時刻であるにも関わらず、 今にも本格的に目を覚ましてしまいそうな自分が情けなく、ため息を吐いた。 家賃を払っているのは自分だ。それなのに思う通り、望む時刻まで眠れた例は ない。 情けねぇな。 ウィルは寝返りを打ちながら、小鼻をひくつかせてみる。目は未だ覚めきって いない。しかし、間違いなく秒読みには入っている。これまで通り。そして、 たぶん、これからも。 おい、ウィリアム・バーグ。 おまえはこのまま、ずっと、こんな抱き心地の悪いくたびれた枕に甘んじるの か? |