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 金髪の、美しい女、アリス。信じられないことに、彼女は自分の妻だった。
ウィルは時々、それを信じ難い思いで振り返る。彼女は完璧で、ウィルの幸せ
の全てだった。
どうして、このオレがあんなに利口で、優しくて、優雅な、女神のような女と
別れるような、そんな失態をやらかすものか。彼女と結婚出来て、本当に幸せ
だった。大満足だった。オレこそが世界一、幸せな男だと思っていたのに。何
で、わざわざ彼女と別れるものか。
ハイスクール一の美女に告白し、わたしも同じ気持ちよ、そう言われたあの日
の喜びを、ウィルは胸に刻み込み、今でもはっきりと覚えている。彼女と結婚
出来た、この幸運を忘れることなど到底、出来ないだろう。
もしかして。オレはそれで一生分の幸運を使い果たしたんだろうか? いや。
そんなことはない。オレの幸せは、ずっと続くはずだった。
 あの朝。シャロームが現れるまでアリスはにこやかで、その笑顔には一片の
曇りもなかった。幸せだと言ってくれたし、授かった一粒種のショーンは彼女
に似て、とりわけ可愛らしく、いつだって父親の後を嬉しそうに付いて来た。
そう。オレ達一家は幸せだったんだ。あいつが、シャロームが来るまでは。
 昨日と全く同じ要領で、茹でたジャガイモの頭に十字の切れ目を入れ、そこ
に細かく切ったタマネギとツナを押し込み、更にその上にマヨネーズを載せる
シャロームの儀式のごとく決まりきった動作をウィルは無言のまま、見据えて
いた。この女が現れて、三年になる。その間、毎日毎日、繰り返し繰り返し、
ひたすら同じ、しかも不味い食事を一方的に押し付けられるこの不幸を思うと
正直、泣きたくもなる。
アリスがショーンを連れて出て行って、もう一年半だ。
つまり、一年半もの間、ウィルとアリスはこの悪魔じみた叔母のもたらす責め
苦と戦い、耐え続けたが、結局、シャロームの中に巣くう悪魔には勝つことが
出来なかった。
アリスはよく辛抱してくれたよ。決して感情的にならず、一所懸命、こいつの
相手をしてくれた。
しかし、アリスは出て行った。そうせざるを得なかった。そして、彼女が出て
行ってからの一年半。まるでウィルの運は尽きてしまったかのように何もかも
がついていなかった。
大体。
シャロームは何が嬉しくて三年もの間、毎日、同じ朝食を作り続けるのか?
タマネギとツナとマヨネーズの載せられたベイクドポテトと、あまりにも薄味
で、ありがたみもないコンソメスープとオレンジジュースと、薄いコーヒー。
そのお決まりのメニューが判で押したように毎日、毎朝、繰り返し出される、
この不思議。しかし、シャロームは極めて、健康だ。その上、自分の健康には
恐らく、常人の倍、気を遣っている。めったに外出もしないし、誰一人、彼女
を訪ねても来ない。偏屈な彼女は誰が来たって、ドアを開けないのだ。当然、
事件や事故に巻き込まれる可能性も極めて低いだろう。つまり、ふいに彼女が
この世界から消える可能性は今のところ、ゼロに等しかった。
先に死ぬのは、オレの方だろう。それが現実ってもんだ。
ウィルは、オーブンからジャガイモを取り出す叔母の小さな背中を見ながら、
ため息を吐いた。

 

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