ウィルは現場が担当の刑事だ。今時、現場を請け負う刑事なんて、よほどの 馬鹿で他に仕事がないか、いっそ、無類のお人好しだけだろう。 たぶん、って言うか、オレは明らかに前者だな。 ふと、同僚の一人、マークを思い浮かべる。ハンサムで有能、しかも出たがり のマークはしばしばマスコミにも登場し、大層な人気と知名度を誇っている。 そのギャラや執筆料で羽振りも良く、白いこれ見よがしな愛車に大きな日本産 だと言う犬を乗せ、署に乗り付ける光景は毎朝、ウィルを苛立たせた。何しろ 彼の茶色いパッとしない愛犬は毎朝、まるで初めて見るかのようにうさん臭げ にウィルを見やるのだ。 あれが非常にムカつくんだ。そのくせ、署長の美人秘書、サンドラには愛想が いいんだからな。あの犬、馬鹿じゃないぜ。ったく。 そう思い付いてしまった後で、ウィルはどうしようもないほど惨めな気分に 陥った。犬に疎まれるほど、自分は惨めな人間だっただろうか? いや。 ウィルは短く、そして、強く否定する。少なくともアリスが傍らにいた頃は、こんな 惨めな思いはしなかった。惨めさとは無縁の、満ち足りた毎日を送っていた。 初めてキスをしてから、十年も経って、オレ達は結婚したんだ。 懐かしくアリスの花嫁姿を思い返してみる。彼女は神々しいまでに美しく、 幸せそうだった。皮肉屋のマークすら大真面目に羨ましいと、祝福してくれた のだ。 あの日が誇らしい。アリスはオレの薄給がそれなりの金額になるまで、ずっと 待っていてくれたんだ。 愛する者同士がようやく結ばれ、子供にも恵まれ、順風満帆だった。それにも 関わらず、ある日、突然、その幸せは予想もしない形で破壊された。 この、悪魔のような女に。 シャロームはようやくウィルの存在に気付いたらしく振り返り、それから、 やはり、昨日と同じ表情で、同じセリフを繰り返した。 「おはよう、ウィル。何です、そのだらしのない恰好は? それにいつも思う ことだけれど、あなたの部屋は汚過ぎます。もう少しだけでも片付けられない ものかしらね。もちろん、あなたがとっても忙しい仕事をしていることはよく 知っていますよ。でもね」 「続きは、オレが言ってやるよ」 そこから先はウィルが自ら、引き受ける。何しろ毎朝、毎朝、繰り返し聞く、 同じセリフなのだ。聞かされる方だって完璧に記憶している。彼女がこの家に やって来て以来、それを言わなかったのは三回か、四回のことだ。酷い大雨で アパートが流されるのではないかと危惧された時、強風で安アパートが激しく 揺れ、それどころではなかった時。 それと隣の老婆が急死した時くらいか。いや、待て。ああ。正確に数えられる ぞ。 ウィルは思い出していた。ウィル自身が骨折で大変だった時、それとアリスが 出て行った時。その二回がある。 つまり、五回だ。 「いいですか、ウィル。部屋や服装の乱れはそのまま、心の乱れなんですよ。 だらしのないその隙にこそ、悪魔が忍び寄って来るものなんですよ、だろ?」 「まぁ、ウィル」 ウィルの嫌味口調など気に留めた様子もなく、シャロームは満足そうに頷く。 やっと頑固で、物わかりの悪い甥にも理解させることが出来たと満足している 様子さえ見て取れた。 本当に嫌味すら、通じないんだ、この女には。 「あなたの幸せがわたしの望む幸せですよ、ウィル。人間はまず身近な肉親を 幸せにしなくてはいけないわ。特にあなたのように国家のために働いている人 には家庭の幸せが何よりも大切ですからね。いつも身の回りを整え、清廉潔白 でいなくてはいけませんよ」 ウィルは我知らず、眉を吊り上げた。 家庭の幸せが何より大切だって? そりゃ、また聞き捨てならないセリフじゃ ないか? 「オレの幸せがあんたの幸せだって? 正気か? そんな気が一欠片でもある んなら、今すぐ出て行ってくれ。オレの幸せは、あんたと一緒にいることじゃ ない。アリスや、ショーンと、愛する家族と当たり前に暮らすことなんだ」 |