オレは最近、何か。 そう、罰でも当たるような、そんな不始末をしでかしたのだろうか? そんな 覚えはないつもりだ。だが、今、目前で繰り広げられるおぞましい光景にその 一員として含められている“この現状”は天罰以外には考えられなかった。 でも。 別に、大して悪いことはしていない、よな? 自問は続く。 ささやかなりに納税だって、しているし。 大体、あのシャロームのお相手をしているんだぞ。それだけでも十分、社会に 貢献しているって、言えやしないか? オレがいなけりゃ、あの偏屈厄介女が 野に放たれちまうんだぞ? ウィルは大して甲斐もない、自問自答を繰り返しながら、実際には何ら、解決 のための手段を講じられないまま、身に迫る危機の動向を見守っている。 今は動かない方がいい。 いや、動くべきではない。 とにかくこれ以上、子守り男を刺激しない。それが何より先決だ。 そう自分に言い聞かせ、ウィルは小さく隠れるようにため息を吐く。 オレに為す術なんて、端からないじゃないか? 確かにフォレスは激怒している。子守りとして過保護なまでに大切に守り、 育てて来たイツカ。その“子供”に出し抜かれ、置いてけぼりを食ったのだ。 当然、誇り高い子守り男は激怒し、いや、それ以上にこれまでの自らの奮闘と 努力の日々を丸ごと馬鹿にされたと哀愁さえ、感じているのかも知れない。 そりゃ、腹も立つだろうよ。 フォレスは憤っている。その主たる原因はイツカであり、それは明快な事実だ が、一方で今日まで真摯に己の職務を果たして来た男にとってイツカは所詮、 “子供”だろう。成長も、その結果である医師の資格もフォレスには大事では ないやも知れない。 そこのところがポイントなんだろうな。 ウィルは今日まで出会った母親達の顔を思い出してみる。自分の母親、隣近所 の悪ガキ共の母親。そして、関わって来た悪党共の母親を。 どんなに頭が良くて、良識的に見えたって、我が子のこととなると速攻、豹変 する女って、結構、多数派だったよな。良識なんか、その場で放り出しちまう んだ。 そして、それは恐らく、フォレスにとっても同じことだろう。イツカが幾つに なっても、何をしでかしたとしても、フォレスはイツカを憎みきれない。どこ まで行っても特別な、愛しい“子供”なのだ。母親が大抵、我が子の非を認め ない、いや、認められないように友人が悪い、唆したあの子こそが悪いのだと 言い張るように。あの母親特有の感情を、長く勤めた子守りもまた抱くような 気がする。例え、今、イツカの子供じみた不始末に形相を変え、激怒していた としても、それはあくまでも一過性のものであり、いつまでもイツカを相手に 憤怒し続けることは出来ないはずだ。 だとすれば。 ウィルはゴクリと唾を呑んだ。母親の怒りの矛先が息子の悪友らに向けられる ように。ウィルはプルッと背筋を震わせた。フォレスが一切の非はイツカでは なくて、子供じみたつまらない計画に荷担したウィルにこそあると、一方的な 責任転嫁をしたとしても、さほど不思議なことではない。ありがちなことなの だ。 溺愛って、そんなもんだよな。学校行っている頃、よくいたじゃないか、そう いう溺愛ママがさ。 そう言えば、人生は呆気なく突然、終わるものだって、我が家のお掃除大好き 女が言っていたっけ。 ・・・ 魔の悪い時につまらないことを思い出してしまった。そう悔やみながらも、 もし、ここが自分の人生の終焉の地なのだとしたら、あまりにも間抜けな図だ と想像せざるを得ない。間抜けだな、オレ。そう言ってウィルは出来るなら、 笑い飛ばしたかった。 何の冗談だよ? え? 何が嬉しくて、こんな土ん中で死ななきゃならないんだ? オレはカンカンと夏の日が眩しい、明るい所で死にたいのに。 怒りで煮えたぎり、血走ったフォレスの目。彼の薄青い目に浮かんだ憎悪は とても看過出来ないだけの恐ろしい代物へと成長している。これだけの憤怒の 情に気付かない間抜けはさすがにいないだろう。 だけど。せめて気付かないまま、怖い思いしないで、ポン、とあの夜とやらに 行きたかったぜ。 フォレスはウィルを睨み付けたまま、イツカを引きずり、次第次第に接近して 来る。もう僅かばかりの、どうにか逃れ遂せるのではないかと期待出来るほど の気休めという名の安心を提供してくれる、ただ、それだけの距離も残されて いなかった。 こんなのとやり合えるわけがないだろう? オレは格闘家じゃないんだ。 正面衝突なんかしたら、ぶっ飛ばされちまう、たぶん。神様の足元にまで。 |