何分、フォレスは見た目が怖い。どう見ても、休日のスーパーで子供も一緒 に積み込んだカートを押しながら妻の後を付いて歩き、他愛ないお喋りに花を 咲かせ、それで満足するような、暢気な幸せ者には決して、見えない。 ヒットマンには見える、けどな。 そして、現実は見た目から勝手に推し量る想像以上に怪力ならしい。フォレス に手首を掴まれ、力任せに引きずられてもイツカには振り払うことも出来ない のだ。イツカの精一杯の抵抗は全く用を為さず、フォレスに引きずられるまま にここまで戻って来ることとなった。 「放してったら」 イツカはとうとう悲鳴のような声を上げたが、フォレスは聞き入れなかった。 それどころか一層、イツカの手首を掴んだ自分の手に力を込めたようだ。 「痛い、フォレス」 イツカの眉間には苦悶が浮かび、到底、耐えられないところまで苦痛が達した のだろう。イツカは、ふいに表情を変えた。 「やめて、放せ!」 イツカは自分を拘束するフォレスの手を振り解こうと必死だった。空いた左手 でフォレスの手を剥がそうと躍起になっている。だが、フォレスはイツカの爪 が自分の手、皮膚に食い込んでも、表情一つ、変えない。まして、力を緩めて やることなどなかった。ただイツカを見下ろし、イツカの顔を凝視するばかり だ。まるでその小ぶりな顔の中から何かを捜し、見出そうとするかのように。 何ともないのか、この男。痛くないのかよ? ウィルは一人、驚愕していた。 正直を言えば、それは傍観するウィルにとっても見たくもない光景だった。 知力が勝ったイツカより、荒くれ者相手に肉体労働をこなして来た自分の方が はるかにましのはずだろう。組み合って戦った経験が幾らでもある。それなり に腕力にも、相手をねじ伏せる技術にも自信がある。だが、それでもさすがに この大男、フォレスとはまともにやり合えないのではないか? だって。 何かが、どこかが変だ、この男。 そう感じてならないのだ。しかし、その所以とは一体、何なのだろう? 素手じゃ、とても敵いそうにもない。自分がそう感じ、不安を覚えてならない 理由をウィルは捜し始めていた。 ウィルはふと、イツカが立てた爪を見やり、それではないかと目星を付けて みる。イツカの爪はかなり深くフォレスの手に食い込んでいる。苦痛から解放 されたい一心のイツカにはとうに遠慮し、子守り男を気遣う余裕はなくなって いる。致し方ないことだが、血の滲み出しそうな深さにまでイツカの爪は食い 込んでいて、どう見ても痛そうな様子なのだ。 それなのに。 フォレスは一向にそれらしい反応を示さなかった。 おい。 それは普通、とてもじゃないが、我慢出来ない痛みのはず、だろ? 人間、身体は鍛えることが出来るし、更に精神も鍛えれば、ある程度までなら 苦痛を我慢することも出来るらしい。しかし、人間はこの手の痛みにそうそう 長く耐えられるものだろうか? いや、痛みを感じた際、まずはその痛みから 逃れようとする、それが当たり前の行動、反射と言うものなのではないか? そこは理屈じゃないよな。 人類共通のリアクションってものがあるだろう、普通。 やっぱり、もうちょっとほら、痛そうな顔くらいはするもんだろう? こいつ、何も感じていないのかよ? 痛みを感じていないのか、それとも痛みを凌駕するほど腹を立てているのか。 どっちみち、“化けモン”だよ、こいつは。 ウィルは口の中でこっそりと毒づいてみた。フォレス相手に面と向かって吐く セリフではない。 命は惜しいからな。 様子を窺いながら、ウィルは精一杯、現状を量ってみる。“化け物”相手に ウィルが今、所持する武器と言えば、短銃一丁だけだ。いざとなったらそれを 使えばいい。それが正当とわかっている。しかし、ウィルが生来、隠し持った ポリシーとして丸腰の人間を、それもいきなり撃つには抵抗があった。滅多な ことではそんな卑怯な真似はしたくない。そう思うのだ。 甘ちゃんだとも思うけどな。 もし、フォレスの方も銃を所持していて、その上で先制されれば当然、撃つ。 外さない自信もあるにはある。だが、それが例え、どんな馬鹿げた怪力の持ち 主であっても、出来ることなら、素手の人間は撃ちたくなかった。 馬鹿だな、オレ。そんなすかした寝言、言っている場合じゃないのに。 フォレスはイツカの右手首を掴んだまま、ついとウィルへと視線を向けた。 あたかも狙い定めるような鋭い視線だ。ウィルはその眼光に怯み、即座に足が すくむ。 本当に“ヤル”タイプなんじゃないのかな、こいつ。 誰にともなく、そう尋ねてみる。出来ることなら、そんなことはないだろうと 気楽な調子で笑い飛ばして欲しい。どこの誰でも構わない、こんな嫌な不安は 速やかに打ち消して貰いたかった。 本当、誰でもいい。 今すぐ打ち消してくれ。否定してくれよ。 あり得ないって。 たかが、“こんなこと”で殺しをする馬鹿はいないって。 そう言ってくれよ。チップくらい、払うから。 イツカは自分の子守り、フォレスの目に浮かび上がった、獣欲めいた殺意を 見て取った。フォレスの怒りの矛先がウィル一人に向けられていると理解し、 そして俄に不安げな表情を見せ始めた。 「ね、フォレス、わかっているよね? ウィルには責任ないよ? だって僕が 無理に頼んだだけなんだよ。そこのところ、わかっているんだよね?」 フォレスは頷かなかった。 「断ればよかったんだ。そうだろう? 常識さえあれば、おまえの子供じみた 要求なんて、その場で断る。相手にしないはずだ。面識もない奴を誰が今時、 自分の車に乗せる?」 「そうだけど。でも、迷惑を掛けたのは僕の方で、ウィルが悪いわけじゃない よ。彼はただお人好しで、僕に押し切られちゃった、それだけなんだよ?」 「要求を受けた時点で非は五分だ。断ることが出来たのに断らなかったのは、 この男に下心があったからだ」 「何、それ?」 イツカの精一杯、痛みに耐えるその顔にチラリと浮かんだ、他の色。ウィルは 妙な胸騒ぎを覚え始めていた。 |