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 成り行きで仕方なく昨日、今日、突然、関わることになった二人の男。内の
一人はウィルの同僚イツカの子守り。もう一人はイツカやその家族と何らかの
繋がりを持つらしい、誰か。前者は赤みがかった金髪の厳つい大男で、後者は
藁色の髪をした適当な体躯の持ち主。当然、二人の容姿は似ていないと言える
だろう。それどころか、二人を象る要素はまるっきり異なっていて、似た箇所
などないに等しかった。それにも関わらず、ウィルは二人は似ていると思う。
似てもいない。そうわかっているのに?
似てもいないものを似ていると感じる理由とは一体、何なのだろう? 自身の
感覚の中にそう感じる根拠が見出せず、ウィルは面食らっていた。
わからない。これだけ違うんだ。似ているはずがないのに。
 二人の、ウィルにとっては意味のない会話が続く間に、ウィルはこっそりと
二人を見比べ、更に考えてみる。二人は体型も服装も異なった。服の趣味自体
は似ているようだが、明らかにティムの方が見栄えが良い。体型の違いが歴然
とした差を付けているのだ。
やっぱり、似ちゃいない。それなのに、それでも似ていると感じるのは一体、
なぜなんだろう?
考える。人間の印象を最も強く左右し、決定づけるもの、それは目だと聞く。
どれほど根気良く、何度、整形を繰り返してみても、目だけは変えられない。
結局、目を見れば、いや、目さえ見れば、その人間が隠そうとする全て、塗り
隠した過去すら見て取ることが出来ると、どこかで聞き覚えた。
そう、どこかで。ああ、学校だ。
教官はとんだインチキ野郎だったけど。
でも、まさか、使っていたテキストはインチキじゃないだろう。そうじゃない
と通った意味がないもんな。税金、使っているんだからな。
その有料のセオリーに倣い、改めて、今度は一箇所に絞って、じっと見つめて
みる。二人の、決定的な共通点。それは確かに目だった。透き通るような空色
の瞳。眩しい青い空をキュービックアイスの中に閉じ込めたような、恐ろしく
冷たく、透き通ったブルー。
アリスの目にも、マークの目にも似ているが。でも。何か、違うな。
 わざわざ思い出そうと心掛けなくとも、常に妻、アリスの水色の瞳はそこに
ある。自分の瞼の裏に携帯しているようなものだった。
忘れるはずがない。
 彼女の澄んで、神々しく輝く瞳に見つめられ、その水面のような目に映った
自分を見る時、ウィルはこそばゆいような、照れ臭いような、そして、どこか
ばつが悪いような不思議な感覚に囚われた。ある意味、マークの目を見る時も
同じような感覚を味わったが、不快と感じたわけではない。ただ、自分に自信
がない時、落ち込んでいる時にはとりわけ、居心地の悪さに似たものを覚えた
ものだが、それはアリスのせいでも、マークのせいでもなかった。二人の目が
あまりに美しく、見る者、ウィルを圧倒しただけのことなのだ。二人に悪意は
ないし、その目は決して、他人を威圧するものでもなかった。それに比べて、
この二人の目は高圧的であり、もっと冷たく、凍ってすら見える。同色であり
ながら、明らかに異なる威力を持っていた。
アリスとは違う。
マークとも違う。
こいつらの目はまるで“凍り付いた空”なんだ。優しい、済んだ水面の色じゃ
なくて。
 そんな圧倒的な、冷たい色をした目を持つ二人が今、何を話しているのか、
ウィルには正直、把握しかねていた。
まるで、オレが危険人物みたいな言いぐさだが。
ウィルにはティムとフォレス、二人の会話が現実として見えて来ない。それで
も察するに二人はウィルこそ、災いの種だと思っているらしい。イツカが何を
考え、ウィルに声を掛けて来たのか、ウィル自身、わからないし、今更そんな
ことはどうでもいい話だろう。どのみち、大したことではないのだ。
オレは頼まれて、同僚を自宅に送り届けて来ただけ。それだけなんだから。
それにも関わらず、二人はイツカはウィルに懐いていると、真偽のわからない
因縁を付け、一方的に腹まで立てて、まるで放射性廃棄物の如くウィルを嫌悪
しているらしいのだ。たまったものではない。そう感じる自分が間違っている
とは到底、思えなかった。
あまりと言えば、あんまりな筋違いじゃないか? 仮に、だ。イツカがオレを
どう思っていたってそんなの、オレには関係ない。実際、どうだっていいこと
じゃないか? オレにはあのアリスがいるんだから。
 ウィルはソファーで眠るイツカの美しい髪を見た。髪は相変わらず輝いて、
ウィルの苦境を嘲笑っているようにさえ見える。
さすがに思い過ごしなんだろうけど。
ウィルにはイツカを咎めるつもりはなかった。過度に保護されて育った彼には
警戒心が植え付けられなかった。ウィルに送れと言ったのにも、きっと大意は
なく、安全そうな“警察官”をタクシー代わりに使ったに過ぎないのだろう。
一方、そんなお坊ちゃまの頼みを聞き入れて、ここまで送り届けた自分の方に
こそ、全く過失がないとは言えないのかも知れない。
オレは悪くない。だけど、こいつに比べれば多少、気を回すべきだった。
少なくとも車から降りるべきじゃなかったと反省はするよ。だって、こいつは
形は大人でも中身は子供みたいなものだ。大体、あんな得体の知れない匂いに
惑わされたのが間違いだった。結局、オレがたるんでいたんだ。何だかんだと
言ったって、イツカがそこら辺のゴロツキみたいな奴だったら、送りもしない
し、誘われようが、急かされようが絶対に車から降りもしなかったもんな。
ならば、フォレスの勘繰りを下衆と笑う資格はないのかも知れない。
だけど。
 ウィルは一つ、息を吐いた。何度、考えてみても、イツカにも、ウィルにも
大した非はない。子供っぽいイツカは親しい子守りを相手に少しばかり冗談が
過ぎただけだし、ウィルは“良い匂い”にくすぐられて、お人好しにも同僚に
求められるまま、その自宅まで送り届けたに過ぎない。
特別、間違ったことなんかしちゃいないし、まして悪いことなんかしていない
じゃないか。このオレとイツカのどこに大罪がある? 下心があって、それで
付いて来たんだろって一発、ぶん殴られても致し方ないのかも知れないけど、
でも、殺されなきゃならないようなこと、オレ達は何もしていない。ちょっと
ばかり、甘えが過ぎたか、たるんでいたってだけじゃないか? 
それを、こいつらは。
 ウィルの中に大きくムクムクと沸き上がって来る何か。それは憤りだった。
第一、こんな厄介に巻き込まれて迷惑している被害者はオレじゃないか?
腹立たしいと怒鳴るのも、ぶっ殺してやると叫ぶのもオレの方だ。 
こんな事態に陥った、いや、こんな大事になった原因があるとすれば、それは
思い混みの激しい子守り、フォレスの過ぎた干渉の故ではないか。
そうだよ、この大男が悪いんだ。オレは頼まれて送って来ただけ。イツカも、
あんな性格なんだ、通りすがりの安全パイに送らせただけで、他意なんかある
わけがない。
 ウィルが戸惑いの中、強く憤りを感じ始めた頃、二人の男達の内輪話にも、
切りがついたようだった。お揃いの“凍り付いた空”色の目はほとんど同時に
ウィルを捉えた。二人の視界に収まった自分は今、一体、どんな顔をしている
のだろう? ウィルはふと疑問を感じ、それがどうやらティムの失笑を買った
ようだった。ティムはウィルのボンヤリとした顔を見て、笑ったのだ。
「何が何だか、さっぱりわからないって顔しているな、こいつ」
その傍らでフォレスが苦々しく頷く。
「仕方ないだろ? 所詮、人間なんぞ、頭の悪い生き物なんだ。その上、この
男は有害だ。生かしておけば、将来、必ずや災いになる」
「そうだろうな。だが、それはしかし、先の話だ」
「おい。邪魔になるとわかっているんだぞ? おまえだって承知したじゃない
か? さっさと悪しき芽は潰しておくべきだ。将来、はびこってしまってから
では遅過ぎる」
「随分と園芸的な発想だな、それは」
二人は同じ色の目を持っている。大柄で、年上なのはフォレスだが、主導権は
ティムが握っているらしい。
そんなの、どっちでも同じことだが。
ウィルは未だ諦めていなかった。チャンスはきっとある。二対一。不利なのは
確かだ。
だが、チャンスはある。オレにはどうにか出来るはずだ。だって、アリスの、
彼女の傍で、彼女に看取られて死ぬ。それがオレの最期だ。それをこんな土の
中でひっそり死ぬなんて、虫じゃあるまいし、承知出来るか、そんなこと。

 

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