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 ロボット。その一語のインパクトは予想外に大きかった。考えてみるまでも
なく。これまでウィルはそう名乗られたことがなかったのだ。まるで馬鹿げた
夢でも見ているような心地がする。理解し難い、それでも現実とやらが居心地
悪く、ウィルに足元のおぼつかない不快感をもたらしていた。
悪い夢だ。そうだ。安い悪い夢だと思えばいいんだ。悪い夢なら、こんなもん
だろうぜ。若干、チープな筋立ての、オレの薄い教養にお似合いの、さ。
自ら状況を把握し、見極めて自重を変え、あらゆる事態に対処し得るドアも、
いや、その内側に仕込まれた金属板の中に住む“チップ”とやらも、考えると
目が回り出しそうな異次元の代物だが、夢だと思えば、どうと言うことはない
のだ。先日、ウィル自身が見たあの夢を思い出せばいい。その中では瓶詰めに
されたイツカが、手足を持たぬ頭部だけのそいつがウィルを見やり、ニヤリと
笑って見せた。あれと何ら変わらない夢幻なら、それで済む話だった。
夢なら、何があっても構やしないからな。
しかし、ここは明らかに夢の中ではない。
では、現実なのか?
ウィルはやり切れない思いでティムの薄ら笑いを見つめ返す。彼は余裕綽々で
ウィルの動揺を心底、楽しんで観察しているようだった。忌々しいことだが、
少なくとも全てが嘘なわけではないのかも知れない。
そう。オレだって、ドアの話までは信じてもいい。
“チップ”なる物の姿は見えなかったが、実際にドアは自動的に重さを変える
ことが出来た。誰かがスイッチを切り替えるようなあからさまな作業を為した
痕跡は見受けられなかったし、それならそれでもっとわかりやすい配線がそこ
ら辺中にあるはずだった。家電や何かのように。
オレ自身が実際、目撃したことだし。事実なら事実だって、納得してもいいん
だ、別に。
だけど。
 ウィルは僅かに息を切らしたまま、考えてみる。ウィルは頭を使おうとする
と、その度、更に悪いことに上手に呼吸が出来なくなるタイプだった。
オレはリラックスが下手なんだ。いつまで経っても、コツを掴めないって言う
か。
もっと上手に効率良く、脳に酸素を取り込んでやれたら、ちっとは頭の働きも
良くなるんだろうに。
わざわざこの場に関係ないことを考え、少しばかりのリラックス効果を狙って
みたが、その成果はどんなものだろうと、ウィルは自ら首を傾げる。明らかに
効果は薄く、ウィルの意気も高揚しては来なかった。
仕方ない。捜査と同じか。一件ずつ、片っ端からしらみ潰しに考えて、疑問を
解いて行くしかないな。

 ナノテクノロジーなるものの詳細をウィルは知らない。だが、図書館辺りに
行って調べれば、すぐにその研究の概要くらいは見えて来るだろう。
オレが、オレ達一般人が知らないだけかも知れないし。
よくはわからない。それでもナノテクノロジーは大衆の役に立つ研究なのだと
推察は出来る。きっと、あのドアの中身、“チップ”を開発した研究者は飛び
抜けた成果を上げた特殊な成功者なのだ。結果は出た。だが、その研究成果は
未だ広く一般には公開されていず、世間に認知はされていない、それだけの話
なのかも知れない。
と、そこまではオレが折れてもいい。少しだけ、オレが我慢すれば当たり前だ
と思える程度のことだからな。
だが、ロボットは違う。そこまで飛躍すると、話が違う。全く違う。
だって、不可能だ。
いくらなんでも、ここまでのレベルのロボットは作れない。
絶対、作れない、だろ? 無理だろう、普通に考えて。
 今世紀に入って人はロボットを、人の形で作ることは断念した。膨大な資金
を注ぎ込んでまで“人型”を極めても意味はないからだ。
所詮、自己満足だからな、人型ロボットだなんていうのは。
慣れ親しんだマンガやアニメに現実を合わせるには途方もない資金と、無駄な
労力がいる。もし、それが実現化されたなら、人類は途方もない満足を味わう
ことが出来るのかも知れないが、実際の生活に必要なものはロマンではなく、
機能と効果のみだ。人型でなくとも機能が十分なら、それでいい。土台、夢の
ような物語に大金を注ぎ込むには限度がある。それに。ウィルはそっとティム
を盗み見た。もし、ティムのように好き勝手に自分の意志で滑らかに行動し、
見目も良いロボットを作ろうと決意したなら、一体、どれほどの資金と年月が
必要なのだろう?
いや。
ウィルは頭を振った。不可能だ。これだけの物が、人の手によって生み出せる
はずがない。これはアリスやマークが授かった天恵と同じものであり、決して
工場の一角で為せることではない。
つまり。
次から次へと口から出任せ、言いやがって。

 

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