どう見ても、ティムは人間だった。それも、かなりレベルの高い、恵まれた。 動作に不自然なところなど、一つもなく、大体、彼は好き勝手に自分の意志で 動き、喋り続けている。どこにも指令をキャッチするアンテナもない。 例え、ドアの中の“チップ”が本物だったとしても。 ティムはそのチップの生みの親、ナノテクノロジーの猛者にも作り出せない、 ごく普通の、ありふれた生物に過ぎないのだ。 本当、随分と恵まれてはいるけどな。 ウィルはキッとばかりに、ティムを睨み据えた。 「おまえは大嘘吐きだ。大体、そんな研究は禁止されている。誰だって、それ くらいのことは知っている。常識だからな。いいか、法的に禁止されていると いうことはつまり、公的な金が一切、注ぎ込まれないということだ。助成金が 出ない研究なんか、先に進むわけがない。元手もないのになぜ、研究を続けて 行ける? 当然、リアルな人型ロボットなんぞ、完成するわけがない」 ティムは極めて、素っ気なかった。 「大層まともな御意見だね。だが、それは真実ではない。おまえ達、大多数が 現実を知らないだけだ。ロボットの開発なんぞ、いつでも、どこでも、誰でも やっている。過去から現在、そしてこれから先、将来も、ずっと、な。研究は 脈々と次世代へ引き渡され、受け継がれて行く。だからこそ、もう少し“先の 世界”ではオレ達は別段、珍しくもない存在になっている。仲間はいるんだ、 “あちこち”に」 「先の世界、って?」 ティムはまた新たな口から出任せを言い始めたのだろうか? ウィルは全てが 疑わしい気持ちでティムの目を見据えていた。その凍りついた空色の目に真実 が映っているのか、否か。それがウィルにはどうにもわからなかった。 「先の世界って、一体、何だ? どこにあるんだ? どんな世界なんだ?」 ウィルが忙しなく問うと、ティムは明らかに不満そうな表情を浮かべた。 「おまえとは本当、話が噛み合わないと言うか、スムースに進まないな。何で だろうな?」 ティムの言葉に嫌味が含まれていること、それだけはウィルにも感じ取ること が出来た。だが、ウィルとて負けてばかりいるつもりはない。真っ当に働き、 税を納め、家族を養う健常な市民としての誇りをそう簡単に引っ込めるわけに はいかなかった。 「オレの出来に問題はない。つまり、おまえの話し方が悪いんだ」 「ああ、そう。そうかも知れないな。普段、話している連中とおまえがあまり に違うからな。だが、きっと、一向に要領が掴めないオレが悪いんだろうよ」 「そうかい? じゃあ、もっと勉強してくれよ、今すぐにでも」 ティムはほんの一瞬、ムッとしたようだったが、即座に端正な顔からその不快 を消し去った。 「では、平たく、わかり易く言おう。先の世界とはつまり、未来だよ。明日、 明後日と、繋がって行く先にある世界。そこからオレは来ているんだ。時々、 用事があれば、ね」 「嘘だ。でたらめだ。全て、出任せだ。特に未来から来たって件は、質の悪い 冗談だ。それでも自分が機械で、未来から来たんだって言い張るのなら、証拠 を見せてみろ」 関を切ったようにまくし立てるウィルを尻目にティムは平静であり、ごく薄く 笑っただけだった。 「いかにもSFチックな、赤と青のケーブルがグルグル巻かれて詰まっている って、そんな漫画みたいな体内を期待しているのなら、残念ながら、その期待 には応えられないな」 ティムはドアの欠片を改めて、ウィルに見せつけた。 「オレ達の制作者は初期の作品でも、このレベルだからな。ちょっとオレの外 側を、この皮膚を切り開いて、覗いてみたって、人間にしか見えないだろう。 全く素晴らしい出来映えだ。おまえ達並の人間には見ても、何もわからない。 オレがもし、故障して倒れていたって、普通に死体だと思われるだけだ。で、 イツカがいるあの部屋に運び込まれて、剖検にかけられるわけだが、死亡診断 書を書かれでもしたら、その時にはオレは一体、どうすればいいんだろう? 笑うべきか、怒るべきか、はたまた悲しむべきか。まぁ、当分、仲間内で笑う ネタが出来て、結構だが、火葬は勘弁して欲しいものだな」 ティムは自分の髪を一房分、掴み、目を細めた。 「髪は燃えてしまうから、恰好悪いことになっちまう」 「虚言癖をお持ちなんじゃないのかね? 妄想を見るとか?」 「飲み込みの悪い男だな。オレ達の制作者の技術的レベルはもう理解出来たん だろうに。このドアを見てみろ。これが飲めてなぜ、もう一つを飲み込めない ? オレにはおまえの思考回路はさっぱり、わからないよ。一日に一つしか、 理解しないと決めているのかね」 「おまえが突飛なことを言っているからだ。オレは自分が見て、聞いて、体験 したものしか、信じない。おまえは未だ、何ら、自分がロボットであるという 証をオレに見せていないじゃないか。誰がそんな口から出任せ、信じるか」 「ああ、教会には寄りつかないタイプ」 「おまえだって、神など、信じていないだろうが」 ティムは首を傾げて見せた。 「心外だな。オレは信じているよ。オレ達にはわかり易い神がいる。オレ達を 創りたもうた神が、実際にいるんだ。迷いなど、生じようがない」 「その博士が、神か?」 「そう、彼が神。彼こそが神だ。事実、オレ達のこの目も、髪も、皮膚も、心 も、何もかも、全てを彼が決めて、創ってくれたんだ。神としての力量を疑い ようがないだろう」 「どこにいるんだ?」 「教えない。神様は忙しいし、おまえのような下々と会う必要もない。オレ達 だって、そう簡単に拝ませてやりたくないし、な。彼は特別なんだ」 ティムは茶目っ気を発揮するように、片目を瞑って見せた。 「あまりにもありがたく、勿体無いから非公開だよ。ああ、そうだ。手っ取り 早く“事実”を見たいのなら、フォレスに頼めばいい。あいつはずっとイツカ の傍にいて、大した“改良”はしていないから未だ機械、機械した、懐かしい 箇所が残っているはずだ」 「嘘だ」 「信じたくないなら、それで構わないさ。だが、おまえはもう、我々の秘密を 知っているんだ。二度と外には出さないから、そのつもりでいてくれ」 ティムの言葉にウィルは思わず、目を剥いた。 「冗談じゃない。大体、ほとぼり冷めたら解放すると、おまえが言ったんじゃ ないか、その口で」 「気が変わった。口を割るんじゃないかと、フォレスが毎日、一日中、心配し 続けるのは不憫だと気付いた。予定の変更は有り得る。正常なことだ」 「ふざけるな。オレはイツカに送ってくれと頼まれて、それでやって来ただけ だ。何ら悪いことはしていない」 ウィルはその名前を口にし、はっと思い付いた。 「そうだ、イツカは? あいつも、あいつも機械なのか?」 ティムは失笑したらしい。 「あれは機械じゃないよ。大体、自分の身を守れないロボットなんて、存在を 許されないだろう」 ティムは目を伏せ、束の間、暗い表情を見せたが、ウィルには彼が何を思い、 そうしたものか、まるでわからなかった。だが、ティムはすぐに元通りの薄い 笑みを取り戻し、ウィルを見据えた。 「イツカは一応、人間だ。特殊な身体の持ち主だが、人工的な物ではない」 「一応?」 |