ウィルは歯痒く、じれったさのあまり、眉を吊り上げる。白は白、黒は黒と 言い切らなければ、我慢がならない。 「何で、おまえは物の言い方が一々、ネチネチ思わせぶりなんだ? きっぱり はっきりイツカは人間だって言い切れよ。何で、そんな簡単なことが出来ない んだ? 何で、きっちり言い切らないんだ? 何か? イツカがオレ達と同じ ただの人間じゃ、不服だって、そう言っているのか?」 ウィルの剣幕にティムは薄笑いを返した。 「おまえは結構、被害妄想気味なんだな。脳天気な人間なんだとばかり思って いたら」 ティムは苦笑いを浮かべている。 「全部、はっきり、言えよ」 「御要望にお答えしても、構わないが」 ティムはウィルにやや厳しい表情を向けて来た。 「もし、これ以上を知りたいのなら、ここで死ぬ覚悟をしろ。そんな気がない のなら、余計な興味を持つな。オレ達はイツカの身体を守るために“ここ”に 来ているんだ。その使命のためには他の人間を、結果的に何人、死なせること になっても厭わない」 引っかかる言い方だと思った。 なぜ、身体と限定するんだ? 「イツカの身体?」 「そう。身体だ」 なぜ、ティムは守るべきものとして、命と総まとめに言わないのか。ウィルは 首を捻る。イツカの身体そのものが、彼らにとっての守るべき“物”なのだと したら。ウィルはイツカを思い浮かべた。シャロームが毎日、磨いて満足して いる、我が家で唯一、値の張るリビングボードの木肌と同じ色の髪を真っ先に 思い浮かべる。深い栗色で、つやつやとした髪は確かに短く切り揃えるより、 やや長くしている現状がいい。しかし、その髪以外に特別な何かがイツカには あっただろうか? 言うまでもなく、清掃員のジョンが綺麗だと賞賛するだけ の美貌がある。声だって、伸びやかで苦のなさそうな、耳に心地良いものだ。 外見だけでも、もしかしたら、この街で十傑に数えられる値打ちはあるのかも 知れない。しかし、ウィルには“ロボット”が未来とやらからやって来てまで 守らなければならないほどの価値は思いつかなかった。それだけの投資をして まで守らなければならないイツカの身体の持つ価値とは一体、何なのだろう? 身体って言ったって、人目に付くような器量良しってだけで、変わったところ なんて、一つもないだろう。角や尻尾があるわけでもないし。それに、大体、 何から守ろうって、言うんだ? ティムは、ようやく戻って来たフォレスを見やった。 「未だ目は覚めないのか」 「ああ」 「念は押しておく。二度とイツカに手を上げるなよ。あっちにはたぶん、もう 知られているんだろうが、一応、報告するオレの身にもなってくれ」 ティムはたまらないという、大袈裟なしぐさを作って見せた。 「ドキドキものなんだからな。マスターの仲良しだっただけあって、迫力ある んだ、あの人は」 「オレは最近、いや、随分と会っていないな。イツカは会いたいらしいが」 「会わせないで済むなら、その方がいい。どうしたって、会えば感化される。 だが」 ティムは顔をしかめた。 「おチビちゃんのイツカも、やがて大人になったら、ああなるのかな?」 「おい。つまんない冗談はよしてくれ。ああにはなって欲しくない。イツカは 今のままでいれば、それでいい」 「そうだな」 おかしな連中だ。 ウィルはそう考えていた。イツカは医者で、自分で稼げる。その仕事で高い 評価も受けている。つまり、イツカは一人前の人間なのだ。それでも彼ら二人 は大人と認めない。だとしたら、一体、どういう状態に達した時を大人と二人 は言うのだろう? ま、ロボットの価値観なんて、わからないがな。 きっと普通の人間には生涯、到達し得ない、とんでもない次元を彼らは大人と 称するのだろう。その途方もないレベルを基準に子供扱いされ続けるであろう イツカが気の毒な気がして来ていた。 彼の身体にどんな秘密があるのか、わからないが、そのために一生、こんな 軟禁同然の生活を強いられるイツカが不憫だった。 他人の心配している場合じゃないか。オレだって、脱出しなくちゃならないん だ。あんなシャロームだって、オレが突然、蒸発したら、心配するし、アリス は心配のあまり、発狂するかも知れない。だって。彼女はオレを愛しているん だから。 ウィルは気持ちだけは強く持とうと心に決めていた。怪力自慢の機械二人と 正面衝突するのは得策ではない。彼らは怪力の上に、理由をつけてはウィルを 殺したがっているのだ。その彼らに殺す理由を与えるのはまさに自殺行為だ。 そうだ、イツカだ。あいつがオレを殺すのを反対し続けている間は、未だ可能 性がある。生きて帰れるかも知れないって、ささやかな望みがある。 ウィルはイツカを当てにすることにした。彼には紛れもない責任がある。この 馬鹿げた面倒に巻き込んだ張本人なのだし、彼にはその自覚があった。それに イツカはウィルを殺すような手っ取り早い蛮行を望んでいない。 今は、あいつのまともな神経に頼るしか、策がなさそうだし、な。 |