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早く日が昇ればいい。暗い寒気は身にも、心にも辛過ぎる。だが、明るい寒気
になら、少しはなじめる。我慢も出来ることだろう。
ま、全て、帰ってからのことだし、な。その施設とやらのことも、出来るだけ
調べなきゃ。どんなものやらわからない所に、シャロームを放り込むわけには
いかない。オレくらいしか、肉親がいないような女なんだから。
とにかく。しばらくは無心でいられる場所に落ち着くことが出来た。ここなら
当分は気兼ねなく、誰にも迷惑を掛けず、安らかに過ごすことが出来そうだ。
そうさ。せっかくあのジャガイモ責めから逃れて来たんだ。もう少し、そうだ
な。他の奴らが当たり前に朝食を食べるそんな時間になるのを待って、今日は
そこらの店でちょっぴり、濃いめのコーヒーでも飲もう。そうすりゃ、今日と
言う一日はものすっごくハッピーなものになるじゃないか?
もうしばらく待てばいい。それだけで幸せになれるはずだ。それまでの時間を
潰すべく、ウィルは自分を取り巻く辺りを眺めてみた。
いつもは通り抜けるだけだからな。来た時、帰る時に。車だけなんだな、今、
ここにあるのは。
居並ぶのはどれもこれも似たような車で、どれも空っぽ、無人だった。そう、
持ち主は皆、仕事をしている真っ最中だ。
そりゃ、そうだ。普通、ここで働いている奴しか来ないよな、こんなよりにも
よって警察署のガレージになんて。こそ泥だって近寄らないよな、都合が悪い
もんな。
ウィルは暇に任せて一台ずつ、見慣れぬ車に視線を送り、物色を始める。
別に、中古車販売業に興味があるってわけじゃないけど。
 ただ、そこにある事実はウィルにとって、いささか心地の良いものだった。
同僚は皆、同じような額の給料を貰い、結果として、似たような生活を送って
いる。並べられた車はどれもこれも似たような代物で、抜け駆けをしている者
はいないとわかる。それが妙におかしくて、ウィルは一人きりの車中で苦笑い
した。つい先刻、同僚のマークを妬ましく思った自分が滑稽だった。マークは
つまり、唯一の例外であり、他の大多数、皆はウィルと同じように地味なごく
普通の生活を送っていて、それが当たり前なのだ。
そんなもんなんだよな。突出した力があるからこそ、マークはオレ達とは違う
暮らしが送れる。それだけの話なんだよな。別にオレ達が出来損ないなんじゃ
なくて、あいつがずば抜けているってだけのことなんだ。
そんな事実確認一つで、ウィルはすっかり気楽になっていた。結果、機嫌良く
端から端まで目を凝らして物色を続け、やがて一台の車に目が止まった。その
車にだけ、人が残っていた。その上、車の価格も違うと一目でわかる。
それにしても。
ウィルは口中で小さく呟く。
いくら広い駐車場ったって、どうしてドライバーがいるのに気付かなかったの
かな、オレ。
改めてよく見る。どう見ても、それだけは署員の車ではない。目立たぬ車体だ
が、値段が違う。署員用のこのガレージで見るはずのない高価な車だった。
部外者、か。だが。
 こんな時間に署に勤めているわけでもない部外者が署員専用ガレージに駐車
し、更に車中でじっと身を潜めている理由とは、何だろう? ウィルは怪訝な
思いでその車に注視した。運転席で男が一人、真っ直ぐに署の裏口を見つめて
いる。人待ち顔の男性。白人、四十半ばだろうか。彼は生真面目そうな表情で
ハンドルを握り締めたまま、じっと睨むように裏口を見据えている。
 今、この場所で、人がすること、出来ること。ウィルは瞬いた。誰か、署に
勤める人間を待つこと、それ以外には何も思い付かないではないか。
それにしたって、あんなに集中して待つ必要なんかないんじゃないのかな?
もっと気楽に音楽でも聞いたり、テレビ見たり、ぼんやりして、のんびり気長
に待てばいいだろうに。大体、こんな時間に一体、誰をあんな必死な顔して、
待っているんだ?

 

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