昨今、夜、働くという行為は流行らない。それをわざわざ、やりたがるのは 変人か、実利を追う者、それに対人恐怖症の人間くらいだ。 前世紀は流行っていたけどな。 勤務時間の違いは、“世界の分離”を意味している。昼間勤務の刑事が多少、 遅い時間まで勤務することがあったとしても、夜間勤務の連中とはせいぜいが 廊下ですれ違うことがある、その程度の接触が関の山だった。大体、外働きの 刑事であるウィルは署には立ち寄る程度の時間しか、いないのだ。当然、同じ 時間帯に働く内勤の同僚達とすら、大した接触はなく、ウィルと、署や内勤の 同僚達とを繋ぐものはごく細い端末だけだった。外働きの刑事は外で得た情報 を端末を使って内部に送り、引き換えにそこから次の指示を得る。一方、夜間 に得られた情報は夜間勤務の連中の手によって同じ端末に入力され、ウィル達 は毎朝、それを引き出すことになる。それだけの細い繋がりしかないのだ。 その上、夜間勤務の連中は分析が主だった仕事であり、現場のウィルには顔を 合わせる必要もなかった。 誰を待っているんだろう。もしかしたら、名前くらいは何かで見たことがある かも知れないけど。わかるわけ、ないか。 ウィルにとってはその程度、だが、ひたすらその登場を待ちわびる男に取って は、大切な誰か。 せっかくだから、顔くらいチェックしてやるか。どんな女を待っているのか、 さ。まぁ、アリスの足下にも及ばないと思うけど。 彼は車中にいる。それでも、そこから見える肩や腕の具合からして、屈強な 全身が見て取れた。ウィルはそんな大男が一体、どんな女を待っているのか、 それに興味を覚え、ウズウズし始めていた。こんな都合の悪そうな時間にわざ わざ、迎えに来るのだ。当然、恋人なのだろう。 突然、“彼”は待ちかねたように車から降り立った。敏捷な身のこなしで、 素早く裏口へと歩み寄る。ウィルはつられて、そのドアへと視線を滑らせた。 未だ新たな人影は見えない。それでも男は車中で待ちきれず、ドアの前で待つ つもりのようだ。しかし、彼がそこに立っても、奥の警備員達は誰一人、出て 来なかった。それどころか、わずかな関心を払う者もいない。どうやら彼らに とってはとうに見慣れて当たり前となった、いつものお迎えの光景に過ぎない ようだ。 すると。 今日までウィルが知らなかっただけで、男は毎朝、こうして意中の人を迎えに 来ていたのだろう。 さぞかし、やり甲斐があるんだろうな、そういうお迎えって。 ウィルはため息を吐いた。午前五時。恋人を迎えに行く、それが日課なら、 早起きも苦にはなるまい。そう思い、この見知らぬ男が妬ましくもなった。 それに比べて。オレは一体、何なんだろう? いつもなら、ウィルは異常に早い朝食を済ませようとしている頃だ。 そうだよ。署のすぐ近くのアパートに住んでいるんだぜ。それなのに、なぜ、 午前四時四十五分に毎朝、食卓につく必要があるんだ? シャロームに聞いて おくべきだったよな。せめて、六時に出来ないものかって。 ウィルはまたため息を吐いた。心配するまでもない。今朝、ウィルが少々、 いや、かなり思い切って自分の心情を吐いたからと言って、あのシャロームが 出て行くはずがない。今夜、ウィルが一日分の仕事を終え、くたくたになって 帰宅したなら、そこには必ず、シャロームが待っている。たったの七種類しか ない、夜用の献立の内の一つを作って、ウィルを待ち構えているのだ。 今日は木曜日だから、白身魚のフライだな。 それを思い浮かべ、ウィルは吐き気を催した。嫌がらせのような、いつもの 献立。おまけに今朝は、あの悪魔に呪いまで掛けられている。 畜生。 まるでアリスが、あのアリスが心変わりでもしたような、口からでまかせ言い やがって。 |