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 ウィルの予想に反し、フォレスは一日中、イツカに貼り付いているわけでは
なかった。
あんなドアだもんな。泥棒は入れないし、イツカもそう簡単には突破出来ない
もんだって、決め込んでいるんだろうしな。
小さな、どうでもいいような用事を作ってはフォレスは度々、出掛けて行く。
その結果、案外、長い時間、イツカとウィルは二人きりで、この地下室に取り
残されることになった。そして、その一時はウィルには退屈を紛らわせる良い
機会となった。ウィルを気遣ってのことだろうが、イツカは気前良くどの部屋
のドアも開けて見せてくれた。当然、フォレスがいない束の間だけのサービス
であり、彼が戻れば、イツカは何食わぬ顔をしていたから、フォレスは自分の
留守中にウィルが何を見、知っているのか、まるで知らないはずだった。
宝探しみたいで、結構、楽しかった。
きっと女のシャロームなら、ウィルの百倍は堪能出来たことだろう。見学中、
ウィルは何度となく、これを叔母が見たら、さぞ喜ぶだろうにと、シャローム
に見せてやれないことを残念に思った。それほどイツカの所蔵品は素晴らしい
物ばかりだったのだ。
どう見ても年代物の、とびっきり高価なアンティークばかり、しこたま持って
いるんだもんな、あいつ。買い集めたんじゃなくて、きっと丸ごと、相続した
んだろうけど。
ウィルはふっと薄く笑む。イツカのサービスのお陰でウィルはフォレスが認識
するより、はるかに多くイツカの所有する財産の内訳を知っていた。
ちょっと小気味良いよな。鼻をあかした気分で、さ。
 ウィルを閉じ込め、それでもう、すっかり用が果たせたつもりでいる有能な
“機械”をほんの少しだけ出し抜いている。そう思うとウィルは愉快な気分に
浸ることも出来た。
だが。
そうなると、あいつは一層、おかしなことをしていることになる、よな。
イツカに見せられて、このアパートの構造を知っているからこそ、ウィルには
イツカの言動が殊更に不可解だった。
だって。
イツカが嬉しそうに飛んで行った先、そこにはもう一層下、つまり地下四階へ
降りるための階段を隠したドアがあるだけだ。ウィルは首を捻った。
確かにそこも自分の家なんだろうけど、来客を迎えに行くような、そんな場所
じゃないだろ?
イツカの所有する専有面積とは、この高級アパートの地下部分の大半だった。
地下二階、三階、四階の全てがイツカの所有であり、居住する三階部分以外は
住まいとしては使っていない。
『地下二階は物置。地下四階は貯水庫。このドアからは下の貯水庫に、反対側
の、向こうにあるドアからは上の物置に行ける』
イツカは一直線に伸びた廊下の向こう側を指差し、そう言った。
『大した物、置いていないけど。一応、見ておく? 量的には見るほどある、
のかな。鋏だけでも五十本、あるらしいから』
『貯水庫?』
 ウィルの気を惹いたのは貯水庫の方だ。物置ならば、ウィルにもわからない
ことはない。これだけの家なら、季節毎に丸ごと、そっくり入れ替えるだけの
家具や何かがあっても、不思議ではないのだ。
だが、貯水庫って、何だ? 水瓶でも、並べているのか?
イツカはウィルの表情から疑問の色を見て取ったらしい。小首を傾げ、尋ねて
来た。
『どこか、おかしい? 珍しいの?』
『だって、水なんて普通、まとめ買いして、家の隅にでも置いておく程度の物
だろう? こんな高級アパートのワンフロアー使ってまで貯め込んでおく必要
はないんじゃないか?』
イツカは小さく頷いた。
『ああ、そういうやり方をするものなんだ。でも、僕、特異体質だからね。何
でも、気軽に口に出来るわけじゃない。結局、この方が簡単ならしいよ』
『銘柄の指定があるわけか。なるほどね』
軽く納得するウィルにイツカはもう一つ、付け加えた。
『ちなみに販売もしているんだよ、親戚が』
ウィルはイツカが手にしていたボトルのラベルを思い返す。確かに見慣れない
銘柄だった。
富はある所に集中するって言うからな。
イツカはウィルの腹の内など、気にしないようにニコリと笑った。
『上にも、下にも、行く必要はないかもね。退屈なだけだからね』
でも。
あいつの言葉って、額面通りに受け取っていいものなのかな?

 もしかしたら、とウィルは考える。イツカのあの笑みには本当はもっと深い
他意が、意味があったのではないか? ウィルの興味を殺いでおく必要がある
ようなもの、つまり、見られては困る何かがあればこそ、わざとあっけらかん
とふるまってウィルに覗くなと釘を刺したのではないか? 今更、そんなこと
を思い付いてみても、仕方がないと考え直し、ウィルは改めて、地下四階へと
続く階段を隠したドアを思い浮かべる。イツカはそのドアを開け、中を見せて
くれたが、その時、鍵は掛けられていなかった。
いや。
と、ウィルは考え直す。
あれも、他のドアと一緒だ。鍵穴がなかった。
何にしろ、そのドアの向こうには暗い、下へ続く階段があっただけだ。それは
間違いない。降りた先には小さな明かりが灯り、もう一枚、ドアが見えていた
はずだ。
で、あのドアを開けた向こうに、貯水庫とやらがあるんだろ?
だったら。どうやって、来客を迎えるって言うんだ?

 

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