back

menu

next

 

「見て。すっごく綺麗」
唖然とするウィルに向かって、イツカは満足そうな笑みを湛え、その瓶を差し
出して見せた。
「綺麗だよね、雪って」
 確かに純白の結晶は美しい。しかし、クリスマスプレゼントに雪を選択する
“総責任者”とやらの意図がウィルには皆目、わからなかったし、受け取って
喜ぶイツカの心理も理解出来なかった。不可解この上ない。何しろ、イツカは
贈られた雪を見て、心底、嬉しいと思っているらしいのだ。
喜ぶか? 普通。こんなの、貰ったら大抵、大人は怒る。子供だって喜ぶか、
どうか。
ウィルは別居直前の息子の様子を思い返す。アリスの実家を訪ねた時、そこの
庭でショーンは雪遊びに興じていた。
確かに楽しそうだったが、あの時は大して、喋れもしないお子様だった。人間
よりは犬猫に近い年頃だったんだ。今はもう、違うはずだ。知恵が付くって、
そういうものだろう。
雪山に連れて行けば、はしゃぐのかも知れない。
だが、瓶詰めの雪だぞ? そんな物、何がありがたい? 
砂漠の住人じゃあるまいに。
「綺麗だね」
大きな瓶に詰め込まれた雪を覗き込み、イツカはうっとりと、満足そうだ。
「それが嬉しいのか? 本当に?」
「うん。すっごく嬉しい。本当に」
イツカは頷き、それから何か、気付いたように、そして不思議そうにウィルを
見やった。
「おかしいの?」
ウィルは正直に頷く。
「雪なんて、冬場は毎日、降るもんじゃないか? 明日でも、明後日でも、誰
にでも簡単に手に入る。それをわざわざ、クリスマスプレゼントにする意味が
わからない」
イツカはウィルの疑問に目を細めて見せた。
「そうだね。でも、僕は雪には触れないし、降っているところなんて、もう、
生涯、直接は見られないかも知れない。だけど、昔は雪に触ることが出来た。
これはその頃の思い出がいっぱいある山の雪。だから、嬉しいんだ」
イツカは屈託のない調子で瓶を撫でさする。
「その山では皆が遊んでくれて、楽しかった。毎年、おいでって言ってくれた
のに体質が変わって、行けなくなったんだ」
次第に曇って行くイツカの表情に、ウィルは気まずさを覚える。余計なことを
言ったのだ。
「すまん」
「どうして、謝るの?」
「気が回らなくて、配慮に欠けた」
「いいよ。僕が少数派なだけ。普通、思い付かないことだもの」
イツカはくすりと、笑った。
「何?」
「フォレス、ストレスが溜まっている頃だな、と思って」
「機械なのに?」
「魂が疲れるんだから、同じだよ」
イツカは小さく笑った。
「運がないよね、フォレスってば。せっかく毎日、せっせと用事を作っては、
お出掛けしていたのに結局、会わなきゃならなくて」
「どういう意味だ?」
「フォレスはね、総責任者に会いたくないから毎日、一生懸命、外出していた
んだよ。でも、そんなの、通用しなかったみたい」
 やり取りの内容はわからないが、戻って来たフォレスは憮然とした調子で、
一言、言い放った。
「さっさと帰れ。荷物は後で送り付けてやる」
この変わり様は何だろう? 面喰らうウィルにそっとイツカが言い添えた。
「外は未だ真っ暗なんでしょ? だったら、朝になって帰ればいいよ。ウィル
の叔母さん、眠っているでしょ?」
もっともだ。深夜のアパートでシャロームに金切り声でも上げられたら、また
通報されてしまうに違いない。ウィルはこくと頷き、フォレスは無言のまま、
自室へと戻って行った。
 ソファーで転寝をしながら、早朝を待った。そして、ようやくウィルが解き
放たれる寸前になって、自室に戻っていたイツカが近寄って来た。
「やっと帰れるね」
「まぁな。オレがいないと、淋しいだろう?」
「まぁね」
イツカは笑った。
「大丈夫なのか?」
「当然でしょ。元の生活に戻るだけ。フォレスとパズルでもして過ごすから、
大丈夫。心配しないで」
「パズル? そんなの、暇潰しにもならないだろう?」
「侮っちゃいけない」
 イツカはサイドボードの扉の一つを開けて見せた。そこにはぎっしりと行儀
良く、ガラス瓶が並んでいた。
「ジグソーパズル? えらく、たくさんあるんだな」
「お爺様特製だからね。これは凄いよ」
イツカは瓶の一つを取り出し、蓋を捻った。そして、中から小さな欠片の一つ
を取り、ウィルに差し出す。
「ほら」
美しく彩色が施されたピース。そこには刷毛目が鮮やかに残っていた。
「手描きなのかよ?」
受け取ったピースを何げなくひっくり返し、ウィルは目を瞬かせた。
「ええっ?」
ウィルの口から出た驚きの悲鳴に、イツカは楽しそうな声を上げる。
「ね、驚くでしょ? これって、両面に図柄があるんだよ」
「もちろん、別の柄だよな」
「そうだよ。捻りが欲しいんだから」
イツカは声を上げて、笑った。
「最初に貰ったのは三つの時で、ライオンの絵だった。表はライオンの顔で、
裏がライオンのお尻。八ピースくらいの物だったけど」
「イツカ、思い出話は今度にしてやれ。そいつは忙しいんだ」
 割って入るフォレスはその手にボストンバッグを提げている。
「取りあえず、これを持って、早く帰れ。仕事が待っているんだろう?」
「ああ。じゃあ、またな。楽しい思い出話をありがとうよ」
イツカはウィルがフォレスからバッグを受け取るのを眺めながら、笑った。
「もし、君がお礼を言ってくれるのなら、別件にして欲しいな」
「別件?」
「そう。お宅に三つ、クリスマス用の品を届けておいたから。自分でカードを
付けて、持って行ったらいい。間に合うよ」
「何の話だ?」
「ちゃんと“スミスの店”で買ったよ。ショーウィンドーの右隅にあった玩具
でしょ? 何て名前なのか、知らないけれど、今時、流行っているんだよね。
あと、奥さんのストール。コーラルピンクの。叔母さん用にはそれの色違い、
ダチョウの首みたいな色の。それだったよね」
 ウィルは呆気に取られ、茫然とイツカの笑顔を見ている。イツカが口にした
物。それはどれも、これも、ウィルが選んでいた物だった。ショーンのための
玩具。今、その年齢の子供達の間で爆発的に流行している、それ。ショーンが
引っ越した先は田舎町だから、きっと入手し難いはずの色を選んだ。そして、
妻アリスのための一品。あんな田舎町では朝晩、冷え込むだろうからとウィル
はストールを選んだ。その店は専門店なだけあって、色揃えが豊富だ。ウィル
はさんざん考え、ようやくその色を選んだ。
そう。ついでにシャロームのストールも買うつもりだった。
忌々しいけど、色違いで。
「何で?」
ウィルの間抜けた声にイツカは苦笑した。自分でも驚くほど、ウィルは間抜け
な声を上げた。残念ながらそんな言葉しか、出もしなかった。
「何でおまえがそんなこと、知っているんだ?」
「さぁ」
「すっとぼけるな。はっきり言え」
「教えられない。知ったら、つまらない話だよ」
イツカは微笑んだ。淡い蜂蜜色の顔に浮かんだ笑みは灯りに照らされ、神秘的
にさえ見えた。
「ウィルがこれから先、秘密を守ってくれることへの、ささやかなお礼だよ。
そのつもりで受け取って」
「やけにささやかな口止めだな」
ウィルの軽口に、イツカは笑っただけだった。

 

back

menu

next