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 比較するのもおかしなことなのかも知れないが、イツカの地下室に比べると
マークの家はまるでそう、天国のような明るさだった。室内に入るなり、その
明るさにウィルは軽い眩暈を覚える。白い壁、白い家具、白いファブリック。
そこら中に陽射しが反射し、視界の全てがキラキラと小さく、ゲレンデみたく
金色に瞬いていた。
目が悪くなりそうだ。慣れる前に吐くかも知れん。
「座って。何か、用意させるから」
豪勢な生活。それがマークには似合っている。彼は人生の勝者だ。その労働の
成果としてこんなに派手で、わかり易い贅沢を享受していても、異議を唱える
者はいないだろう。
オレに口を出す資格はないし、妬む必要もない。オレには豪邸よりも、アリス
がいる、それの方がよほど贅沢だ。 
 ウィルは何とはなく、暖炉の方へ目をやった。定位置らしく、イヌがその前
で寝そべっていて、それがどれほど彼の容姿と似合っていなくとも、ウィルが
口を挿むことではない。それくらいのことはわかっている。しかし、マークが
警察を丸め込んだ手法は是が非でも知りたかった。それを知りたくてフォレス
に言われるまま、ここまで来たようなものなのだ。
だって、普通、出来っこない。あり得ないレベルの離れ業じゃないか?
いくらマスコミに受けの良い、ある意味、時代の寵児だと言っても、彼は心理
分析官だ。
国家権力でもないんだし。
その彼にどうやって、一刑事が一ヶ月半、無断欠勤したという紛れもない事実
を白紙に出来たのか、聞いてみたかった。
「手口を教えろよ。どうやったんだ?」
「何の話だ?」
「おまえなら、前置きしなくてもわかるだろ? オレは一ヶ月半も無断で欠勤
したんだぞ。なのになぜ、何のお咎めもないんだ?」
合点がいったと言うように、マークは頷いた。
「簡単だ。君が無断欠勤した事実なんぞ、端からないからだ」
「ないだと? じゃ、病欠か? 何日めかにイツカが診断書でも提出していた
のか?」
「いや。君は広域捜査に加わっていた。一ヶ月半、借り出されていたんだ」
「そんな嘘、誰が信じるんだ?」
「信じる、信じないの問題じゃない。事実として、既に確定している。それで
いいじゃないか。ましてや、その製作工程になんか、興味を持つ必要はない。
知ったって、嫌気がさすだけさ」
「どういう意味だ?」
マークは困ったらしい笑みを見せた。彼は余計なことを口の端にしていたよう
だ。
「聞かなかったことにして欲しい。後々、揉めると嫌だし。それに。何でも、
知るとさ、生きる気力を殺がれるだけだよ」
「どういう意味だ?」
「言わない。答えられない。それにわざわざ、自分の手の内、公開する馬鹿、
いないだろう。いいじゃないか、結果が良ければ。こうして君はクリスマスを
祝えるんだよ、陽の下でね」
「そりゃあ、そうだが」
「ちょっと、電話を掛ける所がある。すぐ戻るから」
 売れっ子とは忙しいものらしい。ウィルはそれ以上の詮索は慎んだ。それに
マークと話している間に、もっと関心を引くものを見つけていた。
あれは?
大きなクリスマスツリーの下に飾られたストール。ウィルはそれを見咎めた。
愛らしいピンクのそれは色と言い、風合いと言い、ウィルが愛する妻のために
見立てていた物と同じに見えた。
いや、正確には色違いだ。こっちにしようか、それとも、あっちにしようか、
さんざん迷って、でも、オレはアリスにはあっちの濃い方が似合うと思ったん
だ。
更に目を凝らすと、そのストールの上にはもう一つ、小さな白い光があった。
何だろう?
その光に導かれ、ウィルは席を立ち、ツリーへ歩み寄る。それは指輪だった。
サイズからして、女性の物だ。それも贈り物なのだろうかとウィルは束の間、
考えたが、すぐに思い直した。手に取らなくとも、わかる傷がある。新品では
ない。真新しいストールの上に、わざわざ置かれたらしい使われていた指輪。
それが何を示しているのか、ウィルにはわからず、だが、何だか、覗き見ては
ならなかったことのような気がして、立ちすくまなければならなかった。
「ウィル。何している? 食事が出来たよ。何?」
 振り返った先にマークの良く出来た顔があり、その顔はすぐにこわばった。
ウィルが何を見ていたのか、わかったのだろう。それから彼は気を取り直した
ように笑みを作り、自らもツリーへと近づいて来た。
「これはね、僕の、最愛の人へのプレゼントだよ。受け取って貰えないから、
こうして飾ってあるんだ」
「受け取って貰えないって? おまえを嫌う女なんか、いないだろ?」
マークは目を細めて見せたが、その表情は笑みではなかった。
「受け取って、ただ微笑んで欲しいけど、叶わぬ夢だな。彼女は半ば、死んで
いる有様だからね。身体はあるんだ。でも、魂が帰って来ない。どうやっても
取り戻せない。マスターですら、お手上げだった」
「マスター?」
「フォレス達の製作者のことだよ」
「ああ。イツカの嫌いな、ね」
「そう。イツカの嫌いな、ね。その彼ですら、どうにも出来なかった」
「意味がわからないんだが。身体があって、魂がないとは。つまり、昏睡状態
のような?」
「それも正解とは言えない。彼女は湖で転落事故に遭って、意識を無くして、
それっきり」
「そういうのを昏睡状態と言うんじゃないのか?」
「違う。普通の、肉体的な損傷なら、マスターにはどうにでも出来たはずだ」
マークは小さく息を洩らした。
「君なら、僕の気持ちがわかるよね。とっても切ない、淋しい気持ちだ。話し
掛けても答えてくれない人を眺めて過ごすクリスマスっていうのは、ね」
ウィルはストールへ目を戻した。それはマークが眠れる恋人へ贈るために購入
した物なのだ。
「ステラは、美しい人だった、、、」
傍らでマークが息を絞るように吐き出した小さな声を、ウィルは大して聞いて
いなかった。もし、それがアリスの身に起きたことだったら。そう想像して、
身体中を凍りつかせていたからだ。
「ああ、そうだ」
マークは我に返り、思い出したように言った。
「ちゃんとアリスには、もう一色の方を選んでおいたから」
「え?」
「彼女にはこれより、あの、もう少し濃いピンクの方が似合うから。イツカが
決めたんだ」
「イツカ?」
 マークが選んだと言うのなら、わからなくもない。マークはアリスと面識が
ある。彼女の美貌を見、正当に評価もしていたマークがアリスに最も似合う色
を選んだ、その結果がウィルと同じ色だったと言うのなら。しかし、イツカは
アリスを知らない。
ただの偶然なのか、それとも。だが、偶然以外に百色の中から、それも、複数
あったピンクの中から、わざわざ同じ色を選べるものなのか?
マークは何か疑うような目で、ウィルの表情を眺めていたが、ウィルがそれに
気付くと同時に素早く微笑んだ。
「冷めるから、早く食べよう。うちのシェフは腕がいいからね、期待していい
よ」
いくらか子供じみた調子で、マークは急いた。眠れる恋人がいるのなら、彼に
も秘めた悲しみはあるのだろうが、それを表に出すつもりはないらしい。
『君になら、僕の気持ちがわかるよね』
ウィルはマークが何気なく放ったその言葉が耳に残り、戸惑いを覚えていた。
どうして、オレに、マークの気持ちがわかるんだろう。だって。
ウィルはダイニングへと導いてくれるマークの笑顔を見詰めながら不審を呑み
込めなかった。
だって、オレは、アリスとは別居しているだけなのに。

 

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