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 イツカは依然、俯いたままで両手を動かし続けている。レンズ越しに見える
眼差しは真剣で、無駄口を叩くようにも見えないが、放つ言葉は辛辣だった。
「睡眠時遊行症かな。病院行って、診断を受けた方がいい。尤も、今日は変な
時間に起こされたんで、調子が狂っているだけなのかも知れないけど。それも
ま、大概な希望的観測か」
「変な時間?」
「朝と言うか、深夜と言うのか、微妙な時間に電話があったでしょ? 僕も、
もう帰ろうかって時にもう一件って、頼まれたんだから」
「電話?」
ウィルには心当たりがなかった。ウィルが覚えていること。叔母がくれた枕を
抱き締めて、ウィルは不可解な夢を見ていた。その時、他にも何か考えていた
ような気もするが、目覚めて久しいのか、思い返すことは出来なかった。
「電話って、署から? そんなの、あったか? 一斉召集コール?」
「違う。君には個別にかかったはずだよ。死体が一つ、見つかったって。君は
レギュラータイムの人だけど、死体の様子から時間外でも呼び出されたんだ。
あの事件に連なっている案件かも知れないって、上は大騒ぎだったじゃないか
「あの?」
イツカはふいに顔を上げ、まっすぐにウィルを見やった。
「君は今まで、一体、何をしているつもりでそこに立っていたんだ?」
「オレは」
口ごもるウィルの様子を見、イツカは笑ったようだった。
「やっぱり、夢、見ていたんだ。人が仕事している真ん前で」
「見たくて見ていたんじゃない。あんな夢、誰が好き好んで見るか」
「どんな夢?」
イツカの質問にウィルは押し黙る。二の句が告げない。まさか、本人に告げる
わけにはいかない夢だった。
「いや、別に大した夢じゃないが」
「ふぅん。じゃあ、聞かないけどね。どっちにしても、外に出た方がいいよ。
座って、一休みしないと倒れそうだよ、君」
現在の顔色はイツカに聞くまでもない。きっと青ざめ、こわばって、イツカの
失笑を買うに値するものなのだろう。
だから、こいつはあーだ、こーだ、生意気な忠告を連発しているんだな。
イツカは優しい。ウィルは小さく苦笑した。苛ついた彼の言葉尻を取り、血相
を変えるわけにはいかなかった。
顔のわりに言い方は優しくないけどな。
そう思うだけだ。
「オレは寝惚けちゃいない。気分が悪いわけでもない。いらない心配なんぞ、
してくれなくて、結構。構わず、仕事を続けてくれ」
「それはありがたいね」
 イツカはウィルの様子をチラと見ることもなかったが、もう安心とふんだの
だろう、目には一瞬、穏やかな光を浮かべたようだった。熱心に働き続けては
いるものの、その仕事は当分、終わりそうにもなかった。イツカは僅かに眉を
寄せていた。恐らく何かが手に余るらしく、腕に力を込め、作業し続けている
らしい。さすがに勤務中は普段ののん気な表情は保てない。額にうっすらと汗
を浮かべたイツカをウィルは眺めていた。彼と自分の間に横たわる物体。それ
は今朝早く搬入された死体だった。夜更け、自分が見ていた夢はもう、詳細に
は思い出せない。
こいつを目の当たりにしたショックで、記憶が飛んだのかも知れない。
そう簡単に自己分析してみるだけだ。今日、署に来るまでの記憶も、この場に
立ち会うことになった経緯も、わからない。だが、既にそんなことはどうでも
よくなっていた。
 目の前に横たわる、物言わぬ被害者。彼には頭部と両手がなかった。それは
一連の事件の被害者達の形状に類似していた。

 

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