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 こんなおぞましい犯行が誰によって取り行われたものか、世間はもう、大方
わかっている。
あいつらだ。
現段階ではどこの誰だと、明確に答えることは出来ない。だからこそ、犯行は
何度も繰り返され、仮称が一人歩きする。
仮の名だけじゃ、検挙は出来ない。目星すら付いていないんだ。止められっこ
ない。つまり、オレ達警察が不甲斐ないから、奴らは捕まらないと高を括って
しまった。だからこそ、気ままに新たな犠牲者を生み出す。やることがえげつ
なくなった。“上達”までしたんだ。
“一色きりの世界”。
ウィルはその名前を口の奥深くで呟いてみる。その響きは巷では既に禍々しく
も、神聖化されていた。
とうとう、連中はこの街にもやって来たのか。
“一色きりの世界”。その名がどこで、どうやって、誰によって、付けられた
ものか、いっそ、当人達の希望したものなのか、全ては一切、不明だったが、
凶行が同じグループのものであると推測されるようになった時、彼らにはその
名が与えられていた。
一色きり、か。だが、一色って一体、何色なんだろうな。
ウィルにはそれがわからない。被害者はおしなべて皆、有色だった。被害者の
八割がアフリカ系であることを鑑みて、一度は白人至上主義教団による犯行で
はないかと疑われた。しかし、それは余りに単純な、半ば、言いがかりめいた
憶測に過ぎず、推理にはさしたる根拠もなかった。更に大柄な被害者を一人で
短時間に遺棄出来ないであろうという、安直な発想から複数犯だと噂された。
つまりはその程度の噂話の総括が“一色きりの世界”の由来となったのだろう
と察することは出来た。
結局のところ、何もわからないが。
だけど、あんなことをする団体が乱立しているとは思いたくない。別口だった
方が、よっぽど悲惨だ。
ウィルは茫然と、“冷蔵庫”を眺めた。
奴らはまるで、潜水艦だ。
“一色きりの世界”、その正体が何であるにしろ、“彼ら”が次々と他人を手
に掛ける、沈みっぱなしの潜水艦であることに変わりはない。“彼ら”の現在
位置、移動の目的など、全ては非公開だ。通過後、唯一行でどこを航行したと
一方的に発表する潜水艦同様、死体を捨てた時にのみ、稼動中だと存在を示す
のだ。
浮上してくれないことには捕まえようがないじゃないか?
 イツカはごく短時間の内にシャワーを浴び、着替えを済ませ、戻って来た。
隣の作業場よりはずっとましなイツカのオフィス。そこの椅子に座り、イツカ
を待っていたウィルは彼の冴えない表情を見て、立ち上がった。
「おまえ、大丈夫なのか?」
「大丈夫って? 仕事終わりって、こんなものだよ。いくらなんでも、まさか
御機嫌じゃいられないもの」
ウィルにはイツカの目がさめざめと降る雨に似て見えた。冷たいとも、冷めて
いるともつかない、静まり返ったイツカの視線に、ウィルは面喰らう。
こいつは今、どういう精神状態なんだろう?
ウィルにはそれすら、計りかねた。じっと見据えてみても、イツカの目からは
何一つ、見て取ることが出来ない。普通なら、ある程度の感情は読み取ること
が出来るはずだ。
人は、目には嘘を吐けないはずなのに。
この世で唯二つ、イツカの目だけは内に秘めた感情を露わにはしないようで、
ウィルは微かに不安を感じていた。
「座っていて」
手で促され、もう一度、椅子に腰を下ろしながら、イツカも空いたソファーに
座るのを見、ウィルはまた考える。
 ウィルにはイツカの内面はわからない。人当たりが良いようで、実際は暗い
内世界を抱え込んでいて、何かが、彼の内には潜んでいる。そう感じることが
あった。しかし、ウィルにはイツカがあの犯行に対して、どんな感想を抱いて
いるのかが先ず、わからない。自分と同じに犯人に対して、憤りを感じている
のか、それとも被害者に対して、より強く同情しているのか。もしくは監察医
の視点から、全く違う感想を抱いているのか。ボンヤリとしたままのイツカの
心情が読めず、結果、何度でも、納得の出来る答えが返って来るまで同じ質問
を繰り返すしかなかった。
「な、おまえ、本当に大丈夫なのか?」
「そう言ったはずだけど?」
イツカは小さく息を吐く。
「気にしないで。僕がこんな調子なのは薬が切れそうだから。それだけだよ」
ウィルはイツカが意識して、つまり、自ら、薬と知って飲む分だけでもかなり
の量を服用することは見知っていた。その上、フォレスがイツカの承諾無しに
こっそりと飲ませている分もあることを考えると、薬切れはイツカにとって、
決して、良い状態ではない。
「大丈夫なのか?」
同じ質問を繰り返すウィルを、イツカは眇めた目で眺めるだけだ。
「まぁね。少しばかり、不安定なだけ。眠くなると困るから、作業の前は何も
飲まない。今日はもう一件って追加されて、想定していたより長い時間、何も
飲んでいないから」
「不安定って、どんな感じなんだ?」
「イライラしているって言うのとは違うし、ボーっとしているって言うのも、
違う。落ち着かないとしか言いようがない感じ」
「フォレスは外で待機しているんだろ? 薬を貰って、飲めばいい」
「ここには呼べない。彼はああいうの、嫌いだから」
イツカは隣室へ続くドアを指差し、ごく小さくからかうような笑みを浮かべて
見せた。まるで、共犯者に見せるような笑みだ。
恐ろしく可愛いけど。でも、こいつは食わせ者なのかも知れない。
 ウィルは駐車場で忠犬よろしくイツカを待つ、生真面目な大男を思い出す。
綺麗好きでいつも、どこか、イツカを恐れている専属の子守り。彼は怪力で、
職務にはあくまでも忠実だった。言うまでも無く、イツカを守るためなら何で
もするし、出来るタイプだ。
あんな奴が何で、ここに、イツカがいる所にまで付いて来ないんだろうな、と
は思っていたけどな。

 

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