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 人は肉体だけで成り立っているのではない。肉体は所詮、入れ物だ。身体と
言う容器の中に魂が入ってこそ、人は“いる”のだ。
魂だって、身体って容器が無くなったら、死ぬしかないんだからな。
ウィルは隣のラボに冷蔵された死体を思い浮かべた。彼は容器を奪い取られ、
その結果、死亡した。
魂は生体って、入れ物がなくちゃ、生きられない。だが、その魂はどこから、
どうやって、生まれるんだろう。
身体は物質だと説明が付く。当然、物質的に原価は幾らと試算することも簡単
な作業だ。
パーセンテージは決まっている。リンが何グラム、マグネシウムが何グラム、
と割り出せば、あとは単純計算だ。グラム幾らを足して行けば、すぐわかる。
その一方、魂なるものは何から出来ているのだろう? その発生のメカニズム
は誰が知っているのだろう? ウィルはたぶん、フォレス達を作ったその制作
者なら、解明しているのかと思う。
原理がわかっているから、それを真似て、フォレス達に感情、魂を与えること
が出来たんだろう。問い合わせてみる気にはならないが。
 子を持つウィルにとって、興味を惹かれるのは魂が生まれる過程ではなく、
魂が育つ過程だけだ。健やかに育って行く魂。それを育む土壌にこそ、ウィル
は心引かれるのだ。そして、ウィルが思うところ、それは平凡な日常だった。
オレはごく普通の、当たり前の生活の積み重ねが、それこそが魂を育てるんだ
と思う。魂を作るのは肉でも、野菜でもない。毎日の暮らしが育むんだ。
そして、その定義に照らしてみると、イツカは奇跡的なまでに人が良かった。
育った環境はいただけない。それなのに、そこから出来上がったイツカ自身は
“普通に育った”ウィルより、ずっと優しい。今日、イツカがしきりに時間を
気に掛け、早く帰宅するようにと促す、その理由。それはウィルの疲労ぶりを
心配してのことだけではない。
間に合わなくなると思って、心配しているんだ。焦っているくらいに。
 イツカは今日という一日がこのまま、終わってしまうことを危惧している。
正確にはウィルがこのまま、クリスマスを見送ってしまうことを心配している
のだ。
こいつ、いかにも現実的な、冷静な監察医なのに、クリスマスは家族と一緒に
過ごす日だって、信じているんだ。
その幼気な発想がウィルには嬉しかったし、同時に彼を哀れだとも思った。
オレは怖じ気付いているだけなのに。勇気を出して、そこに行こうと思えば、
行けるのに、行かない。行く先がないわけでも、訪ねる相手がいないわけでも
ない。イツカにはそんな相手はいないのに、オレの心配するだなんて。
イツカは頼まれもしないのに気を回し、ウィルに代わり、クリスマスのための
支度をしてくれた。ウィルが自分の家族に贈る品々をマークに依頼して、買い
揃えていてくれた。そんなことにまで気が回るのも、それを実行するのも彼が
クリスマスに意味を見出しているからこそ、だろう。
自分だって、本当は雪の瓶詰めなんかより、家族の温もりを求めているだろう
に。
 イツカは不服そうな声を洩らした。黙ったままのウィルの返事を待ちかねた
らしい。
「ねぇ。何で僕の顔、じっと見ているの? そんなに暇なら、家に帰ればって
もう、何回、言ったことやら」
「せっかく、プレゼントまで手配してくれたのに、申し訳ないよな」
イツカは目を瞬かせた。
「家族で集う、大切な日なのに。おまえの好意を無駄にしちまって」
「わかっているんなら、普通は行くでしょ?」
「残念ながら、オレに今、そんな度胸はない。現状維持をするのが精一杯だ」
「何で?」
「もし、妻に別居じゃなく、結婚そのものを解消しようって切り出されたら、
そう考え出したら、行けなくなったんだ。怖くてな」
ウィルは正直にそう答えた。誰にも、告白したことのない心情だが、イツカの
目にはでたらめを返せなかった。ウィルを真摯に見据える、その目にまで嘘は
吐けなかった。
「そう。でも、僕は奥さんの所に行けって、勧めているわけじゃない。だって
君も、彼女も大人なんだから会いたくなったら、会う必要があれば、いつでも
会える。会わない日々が互いの望みなら、それで構わない。でも、子供は違う
でしょ。子供じゃ、飛行機のチケットを手配出来ないし、何百キロもドライブ
して、ここまで訪ねては来られない」
 イツカはすうっと、星が瞬くような瞬きを繰り返した後、一層、静かな声で
言った。
「血が繋がっているからってだけで、気持ちが通じるわけじゃない。むしろ、
親子だから、親子だからこそ、会わない時間が長ければ、話せなくなる。顔も
合わせていられなくなるんだよ、ウィル」
イツカは小さな息を吐き、ごく薄く仕方なげな笑みを見せた。
「これ、実話だから。参考にしてね、“お父さん”」

 

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