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 散々渋り、精一杯、だが、一向に成果の上がらぬ抵抗を企てた後、ウィルは
渋々、それでも、ほぼ定刻に帰宅して、“木曜日専用のメニュー”、白身魚の
フライを食べた。もし、それがきっちりと軽くいい具合に揚げられて、美味い
のなら、毎週、繰り返し、木曜日の夜に出されても案外、苦にならず、当然、
腹など立たないものなのかも知れない。しかし、残念なことに三年間、毎週、
一度、必ず作り続けていても、シャロームは全く上達しなかった。どんな田舎
町の寂れたレストランだろうと、ここまで惨憺たる代物は出して来ないと断言
出来るお粗末ぶりのまま、なのだ。
ここまで来ると、ミステリーだよな。
神秘の世界だよ。だって、例え、五歳のガキでもさ、たかが魚のフライくらい
二、三回作れば、マスター出来るもんだろ? それなりの物は作れるだろ?
大体、人間には普通、向上心てものがあるんだからさ、もっと上手に作りたい
って工夫してみるだろう? 一回、失敗したら、今度こそ、次こそは、ママが
作るような、サクッとした美味しいフライを揚げようって意気込むもんだろ?
例え、五歳児でも、さ。
普通、そういう欲、誰でも持っているはずだろ、多少はさ。
 やはり、シャロームは普通ではないのだ。とことん、嫌な女だと思う。あの
押し付けがましさは到底、好きになれないし、それは生涯、変わらないことだ
とも思う。だが、彼女はどんなに時間が下がっても、甥であるウィルを案じ、
ひたすら無事を祈りながら、毎夜、ウィルの帰宅を待っている。
あいつ、早起きだから眠いだろうに。
オレがいない昼間にこっそり一眠りするような要領もないし、な。
 好きか、嫌いかは別にして。シャロームは悪人ではない。ただ学生時代から
出来が良くなかったらしく、外のごく普通の社会で働いたことがないだけだ。
ずれているんだよな。知らないから。
そんな彼女の価値観とウィルのそれとではあまりに大きくずれていて、結果、
彼女が良かれと信じ、勧めてくれることは大概がウィルの災難であり、迷惑で
しかなく、結果、どうしようもないほどウィルを苛立たせるのだ。
人間同士、大人と大人の付き合いなんだから、普通はこう、互いの主張をすり
合わせて、だ。中を取るってことが出来そうなものなんだけどな。残念ながら
オレ達二人の間では到底、叶いそうもない“夢”なんだよな、それ。
 シャロームには悪意があるわけではない。いっそ、それに気付かなければ、
どれほど気楽に、あっさりと決別出来たことだろう?
もし、アリスが、いち早く気付かなければ。
『優しい人よ、嘘のない人なんだわ』
そう教えてくれなければ。
そうすれば、もっと簡単に憎み切れた。とっとと施設にでも行きやがれって、
蹴り出せたかも知れないのに。
ウィルは小さく、息を吐いた。
いや、アリスが教えてくれなくても、オレだって、その内、気付いただろう。
だって。
実際、シャロームには良いところもあった。冬の夜更け。背中を丸め、せっせ
とショーンの小さな靴下を編む叔母の姿を見かけ、うっかり微笑んでしまった
ことがある。彼女は一心不乱で、正直、その熱中ぶりは微笑ましかった。
良いところもあるにはあるんだ。別に悪魔ってわけじゃなく。
 彼女は災いをまき散らす厄介者だ。少なくともウィルは連日、大いに迷惑を
被っている。しかし、それはシャロームが望み、悪魔じみた喜びを得るために
故意に為した何かの、その成果ではない。良かれと信じ、彼女が実行すること
の、その全てが結果的にウィルにとっては厄介になる。それだけのことなのだ
から。
本当に始末の悪い女だよ、あいつは。

 

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