「なぜ、断言出来る?」 「オレがそう決めたからさ」 ウィルにはその男のすました、いや、勝ち誇った美貌がひたすら薄気味悪く 見えた。新たな疑問がある。彼の顔を見て感じる、この違和感は何故なのか。 右目は神々しいまでに透き通った青だ。しかし、対となるはずの左目は赤い。 その摩訶不思議なギリギリのバランスが自称“三巡目のX”、エクスタに気味 悪いまでの存在感を与えていた。確かに彼の形は驚くほど、整っている。それ は緻密な細工を施された彫像を思わせるレベルであり、何で出来ているのか、 フォレスに比べて、肌ツヤも良く、天然の美形であるマークに比べてみても、 遜色がない美貌だった。 派手な銀髪が似合って、結構だ。だが、それにしたって、不思議な顔だ。いい や。変だ。長く見ていると、気持ちが悪くなりそうな。 圧倒的な美貌にも関わらず、ウィルはエクスタの顔に敬意を払えなかった。 形だとか、配置の妙に対しては素晴らしいと称賛出来る。だが、顔としての、 パーツ全てが揃った状態を美と認めることが出来ないのだ。 羨ましいと思えない。でも、普通、ありふれた顔の持ち主は恵まれた美人には 羨望の念を抱くものだろ? 妬ましいって、負の感情ばかりじゃない。ちらっ と見とけば、目の保養になるんだ。今日はラッキーだとも思う。なのに、この 顔は見たくない。滅多にいない、凄い美形なのに、出会しちまったら、むしろ 迷惑な感じ。一緒にいたくないし、長々と見てなんかいられない。 『美人はいるだけでありがたい』 先刻、死んだばかりのロバートは言っていた。美人に触れたら、長生き出来る だとか、美人がいれば、空気が浄められるだとか、職場での彼の失言は枚挙に いとまがない。 いくらアリスでも、大気汚染とは戦えないが。 ウィルは何をするでもなく、存外、楽しげにこちらを眺めているエクスタを 見つめ返した。彼の正体はわからない。容姿は比類のない、優れたものだが、 親しめないのは仕方ないとしても、称賛する気にも、観賞する気にもなれない 理由とは一体、何なのだろう? オレは結構、良いモノはじっくり見ておく主義なんだが。だって、せっかくの 機会なんだから、観賞しておかないと、もったいないじゃないか? ロバートの受け売りだけれど。 彼の正体を、その薄気味の悪さの出所を知るためにウィルはエクスタの顔を 注視しようと試みる。だが、何度か、挑戦し、その度、ウィルは心地の悪い、 何かを感じて、諦めざるを得なかった。 何と言うか、感じが悪いと言うか、いや、それも的確じゃないな。先ず、そう 何より奇妙だって、感じてしまうから、見たくないんだな。 その奇妙さは彼の左右の目の色の違いだけが原因なのだろうか? 整って、格別、美しい顔立ちであるにも関わらず、エクスタの顔はウィルに はただ、気味悪く見える。アリスやマークの奇跡的に整った幸せな顔に接する 時、胸底にこっそり感じる、あの居心地の悪さとは異なる不安を覚えた。 アリスやマークを見る時に感じるのとは全く違う。あんな顔に生まれていたら な、こんな平凡な人生じゃなかっただろうなとか、もっと幸せだったかなとか って、僻んだり、やっかんだりする、あの気持ちじゃない。全く違う。一体、 何が原因なんだ? なぜ、ここまで嫌だと思う? なぜ、こうまで不安に駆り 立てられるんだ? ただ、良く出来た顔を見ているだけなのに。 イツカを抱えたまま、ウィルはボンヤリとかなり長い時間、エクスタを凝視し 続けていたらしい。ふと我に返り、思わず、ピクリと背筋を震わせたウィルに 対し、エクスタは機嫌の良さそうな笑顔で、首を傾げて見せた。 「そんなにオレの顔が珍しいのか?」 「まあ、な」 エクスタにはウィルの抱いた感想が正確には汲み取れなかったようだ。彼は 極めて、御機嫌で、どうやらウィルが感嘆のあまり、立ち尽くしていたと良い 方向に解釈したらしかった。彼は出来が良すぎて、彫像のようにも見える手で 自分の右頬を摩り、満足げに目を細める。手のひらに感じる、自分自身の感触 がエクスタを一層、悦ばせるようだった。 「いい出来映えだろ? これは御主人様にお願いして、わざわざ、オレ専用に 造って貰った特製の顔だ。右側は神を、左側は悪魔をイメージして造ってくれ と頼んで、造って貰ったんだが、巧く出来ているだろう?」 よほど、その出来に満足しているらしく、エクスタは恍惚の表情すら浮かべ、 自分の頬を撫で摩っている。 「完璧だよ。御主人様は天才的なアーティストでもある。この出来映えは芸術 を極めている。何しろ、完璧に左右対称でありながら、全く異なる世界を表現 しているんだからな」 左右対称? 道理で居心地が悪いはずだ。見慣れていないんだ、そういうの。 人の顔は誰の物も、完璧な左右対称ではない。歯並びや、ちょっとした癖、 職業、気性などの影響を受け、少しずつ筋肉は歪み、左右はバランスを欠く。 結果、その多少の歪みが人間独自の顔を作り、個の魅力を生み出すのだ。 そうだ。目の色が違うだけじゃない。この顔、左右が完璧に対称なんだ。 そんな奴、普通、いるわけがない。 つまり、エクスタの顔は通常、“有り得ない”、極めて、人工的な顔なのだ。 大体、倫理的に破綻している。右側は神で、左側が悪魔だなんて。 |