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 自らの望み通りに誂えた美貌を持つ男、エクスタ。彼は飄々として見える。
基礎体力や技能に自信がある者は大抵、自信過剰だが、エクスタはその最たる
例だろう。
何しろ、顔も、力も“超人”レペルだからな。得体が知れない。でも。ここへ
来た目的だけはわかるつもり、だ。
今夜、エクスタがここへ、大雨の降る中、現われた理由。それはイツカがいた
からだ。
だって、他に何も考えられない。こんなしょぼい警察署に伊達男がわざわざ、
深夜に、しかも、どしゃ降りの中、やって来る理由なんて、何もない。伊達男
が自慢の銀髪や高そうなコートを濡らして、いや、何より革靴を台無しにして
までやって来たんだ。よほどの御馳走があるからに他ならないじゃないか?
この場にいるのはウィルとイツカ。そして、死体が一つ。ならば、考えてみる
までもなく、何らかの付加価値を持つのはイツカのみだ。
価値っていうのが一体、何なのか、オレにはわからないが、それでも、確かに
イツカには価値がある。だから、“機械の子守り”が守っているんだろ?
 ウィルはごくりと唾を飲み込んだ。今日の、この直感だけは間違いないと、
全身が感じ取る。
イツカが危ないって、わかる。こいつに持って行かれちゃ、拙いって、わかる
んだ。
腕に抱えたイツカの身体は熱を放ちながら、次第にその中心から芯だとか、軸
を失いつつある。ふにゃりと曲がって、そのまま、床へ崩れ落ちそうなイツカ
の身体をエクスタから少しでも遠い所へやろうと、自分の身体をエクスタ側に
やり、イツカの身体を壁側にもたせ掛けてやる。
まさか、壁はイツカを食いはしないだろう。こうしておけば、当座はイツカの
外敵はオレを挟んだ、反対側に立つエクスタだけになる。オレじゃ、全方位を
一度には見られないからな。
「感心な刑事さんだな。身を呈して、市民を守るのかい?」
「ああ、そうとも。何しろ、こいつの家は皆、高額納税者だろうからな」
エクスタはけたけたと意外に大きな笑い声を上げた。
「おまえは楽しい奴だな。何なら、一緒に来るか? 家にはあまり楽しい話し
相手がいなくてな。オレは退屈しているんだ。御主人様の周りには“一巡目”
の奴らしかいない。あいつらじゃ、オレの話し相手は務まらないんだ」
彼は不満の色を浮かべ、そう言った。どうやら、愚痴のようだ。
オレに言っても、打開策は見つけられないんだが。
 しかし、そんな日常的な不満を初対面のウィルに漏らす一面があるのなら、
エクスタには付け入る隙があるのではないか?
こいつは機械だけど、出来がいい分、杓子定規の、使命一筋タイプじゃないの
かも知れない。もしかしたら、案外、人間ぽい、つまらないポカ、やるんじゃ
ないか?
ウィルは小さな期待を込めて、話を繋げようと試みる。それにこれはウィルが
知りたいことを知るチャンスでもあった。
杓子定規のフォレスは口が堅いからな。
「参考までに、聞いておきたいんだが」
ウィルの遠回しな切り込みに、エクスタは機嫌良く応じた。
「何だ? 何が知りたいんだ? 知的探求心というものは良いものだからな。
それを満たすための質問なら、少しくらいの時間は割いてやっても、構わない
ぞ」
「それはありがたい。では、御厚意に甘えさせて頂く。先ず、“一巡目”って
何だ? 打順みたいに何巡もするものなのか? 一体、何を意味しているんだ
? 確か、おまえは“三巡目のX”だと名乗ったけど、変わった名前だよな。
まさか、本当に名前なわけじゃないだろう?」
エクスタはウィルの矢継ぎ早の質問に乗ってくれたようだ。
「正式名称だよ。オレの正式な名前は、“三巡目のX”。エクスタが愛称だ。
御主人様は単純明快なファイル管理をするんでね。無関係者には不可解な名前
が付くことになる」
「ファイル管理?」
エクスタは簡単に頷いた。
「企画、開発、設計、いろんなデータをファイルで管理するだろ? その時の
BOXの並び順だよ。一巡目のAから始まって、Zまで。二巡目のAからZが
いて、その後、三巡目がある。おわかりかな。至極、明快だろ? ちなみに、
隣りの棟に住んでいた連中の名前はA列から始まる。A列の何番っていうのが
そいつらの名前。そっちの棟では1番から27番までが一区切りだった。オレ
達の御主人様は結構、変わったユーモアの持ち主だろう?」
「そうだな。センスが良いのか、悪いのか、ギリギリの境目だな」
「そう、ギリギリだ」
あっさりと、エクスタは頷いた。
「非常に微妙だ。博士だから、ユーモアのセンスまで持っていないんだろう。
ま、ダサい名前でも、不自由はない。通り名は自分で付けることが出来るし、
顔形だって、こうしてくれって頼めば、御覧の通り、好きなように作り変えて
もくれる。極めてざっくばらんで、楽しい神様だよ」
「神様?」
「そう」
怪訝そうなウィルに、エクスタはニヤリと、意味ありげに笑って見せた。
「神様だろ? 彼はオレ達に命を下さった。身体と魂を造って下さったんだ。
おまえ達人間と違って、とてもわかり易い構造だ。行動と結果が織り成す現実
そのものなんだから」
「そりゃあ、そうか」
言われてみれば、その通りだ。シャロームのように盲信しない限り、人は誰で
も己の信じる神さえ、一度は疑ってみなくてはならない。
不条理な死でも、目撃しようものなら。
 その一瞬、ウィルはぴしゃりと跳ねる水音を聞いたような気がする。軋む、
重い金属が滑るような、耳障りな爆音を聞いたような、そんな気がした。
今、何かが見えたような、、、。
「他には何が知りたい?」
エクスタの問いにふっと、ウィルは我に返った。そこには数秒前と変わらぬ、
やけに静かな世界があった。
夢、なのか?
「もう終わりか? 色々と知りたそうだったじゃないか?」
「頭が飽和状態でな。正直、思い付かないんだ。一度にはとても処理出来ない
よ、オレの頭では」
エクスタは温和な笑みを浮かべ、納得したようだ。
「慌てなくとも、オレが待ってやる。何しろ、オレの時間は無限だからな」
「残念ながら、オレの方には限界がある。そうだ。フォレスとティムは何巡目
だ? おまえよりは古い型なんだよな?」
「奴らは二巡目だ。Fのフォレスの方がTのティムより、旧式だ。簡潔だろう
?」
「なるほど。シンプルだ。では、一巡目、二巡目、三巡目の違いは? 製作順
のみか。さっき、企画とか、開発とか言っていたな。コンセプトの違いとか、
そんなものか?」
「性能そのものだよ。むろん、同じ基盤で一サイクルずつ、作るわけだが」
エクスタは吐き捨てた。
「当然、製作順はそのまんま、性能の差だ。特に一巡目と二巡目では大違い。
雲泥の差がある。御主人様も、最初は遊び半分でやっていたんだろう。一巡目
の奴らは“御立派な玩具”ってレベルの出来損ない。おまえ達人間が見たら、
大喜びするような、見るからに“ロボット”って感じのあれだよ」
 エクスタの声音には一巡目への憎悪すら、込められているように感じられ、
ウィルは迂闊に口を挟むことが出来なかった。機嫌を損ね、脱出しうる機会を
失ってはあまりにも馬鹿馬鹿しい。
「あんな奴らはネットオークションででも、売り払えばいい。何しろ、本当に
古い。当然、何も出来ない。そんなの、存在する意義がないじゃないか」
エクスタは憤懣やり方ないという様子だった。素材のわからない頬を、仕組み
のわからないやり方で紅潮させ、彼は怒りをぶちまける。

 

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