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「あいつらは型遅れとかって、ティムみたいなそこそこ使えるレベルじゃなく
て、ゴミだ。それなのになぜか、御主人様は未だ廃棄せず、そのまま、お使い
だ。なぜなんだ? なぜ、御主人様はそんな無駄をする? 役に立たないんだ
から、廃棄すればいい。オレ達みたいな役に立つ者だけを使えばいいじゃない
か?」
一息にまくし立て、エクスタは疲れた調子でぽつり、と呟いた。
「あーゆう感覚はやはり、御主人様も人間だから、なのかな。効率悪いのに」
 エクスタはどこか残念そうだった。彼にとっては“型遅れの先輩達”は廃棄
処分されてしかるべき存在ならしい。だが、彼らの製作者は一向に変わらず、
旧型も大切にしている。そんな主人の心理を測る、エクスタの心はどこか不服
雑じりで、面白くないと感じている様子だった。エクスタには製作者の、役に
立たない旧型を手元に置いておく行為が効率の悪い、人間臭く、間抜けな所業
にしか見えないのだろう。
“製作者”は人間なんだから、人間臭いのは当然だけどな。でも、それが不満
だって思うのは一体、何からなんだろう?
もしかしたら、自分に絶対の自信を持つエクスタは自分の主人には人であって
も、人でない存在でいて欲しいのかも知れない。
ただの人間であって欲しくはないんだな。
「おまえはどう、思う? おかしな真似をしていると思わないか?」
「特に深刻に考える必要はないんじゃないのか? 電化製品だって、記念館に
行けば、使えもしない年代物、後生大事に飾ってある。必ず、一号機から現在
の最新型まで順に並べてあるものじゃないか? そういうの、開発した技術者
特有のノスタルジーなんじゃないのかな」
「ノスタルジー?」
「アルバムみたいな物だろう。一体ずつにそれぞれ、それを作っていた時の、
その時々の思い出みたいなものが込められている感じの」
「それは愛着か?」
「そうかもな」
ウィルはゆっくりと頷いた。
「確かに愛着だ。愛情とは違う。だから、いつも傍に置いておけるんだろう」
エクスタは不思議そうな目でウィルを見据えている。会ったことのない、彼の
製作者の心情は何となくだが、ウィルにも、わかるような気がした。
「アルバムだから、物と思うからこそ、ずっと身近に置いておける。もし、人
相手だったら、人として愛していたら、そう簡単じゃない。相手を思う気持ち
は大切なものだけど、状況をややこしくもする。その点、物相手の一方通行は
気楽だよ。双方向になったら、その途端、物相手の気楽な関係ではいられなく
なるもんだ」
「きっと」
エクスタはまじまじとウィルを見つめたまま、切り出した。
「ありがたくも、良い話なんだろうが、オレにはわからない。付け加えておく
が」
エクスタは自信ありげな、彼らしい笑みを取り戻していた。
「オレが人間に劣るから、わからないんじゃないぞ。オレ達は人間の形だけを
模した、新しい生き物なんだ。だから、よその畑の生き物である、人間の心は
わからないし、わかる必要もないだろう」
 新たな自信を得たようにエクスタの表情は晴れ晴れとしている。何か、得る
ところがあったような晴れやかな笑みを浮かべ、だが、エクスタは自分の目的
を忘れたわけではなかった。
「もう随分長く、湿気た所にいるからな。相当、弱って来たんじゃないか?
このまま、放置すると、イツカは死ぬぞ」
「言われなくとも、わかっている。何しろ、こっちは抱えているんだからな」
「なら、よこせ」
「それは出来ない」
「おまえには関係のないことじゃないか。命を賭ける必要はないだろう?」
「残念ながら、オレは人間だから、スパッ、スパッと割り切れないんだよ」
エクスタの頬にはニンマリと、楽しげな笑みが広がって行った。
「そりゃあ、残念だ。おまえがいれば、退屈しないで済むのに」
「オレには妻や子供がいる。こんな所で死ぬつもりは毛頭ない」
エクスタは苦笑いしたようだった。対峙する二人。だが、その力の差は歴然と
している。
真正面から行って、即、殺されてどうする? オレはアリスとやり直すんだ。
こんな所で死んでたまるか。
「悲壮な使命感がそちらから、ひしひしと伝わって来るけどな、残念ながら、
気合でどうにかなるようなものじゃない。まぁ、イツカを連れて行かれたから
って、気に病むことはない。おまえは普通の顔をした、ごく普通の人間だから
な。オレと対決するのは得策じゃない。無謀以外の何物でもない」
 小さく微笑し、だが、エクスタは何か思い付いたように、ウィルを見やる。
その表情にウィルは何を読めばいいのだろう? エクスタの方には何か、思い
当たるところがあったようだった。真面目な顔つきで一瞬、エクスタは確かに
ウィルを凝視し、すぐに気分を一新出来たらしかった。
「考え過ぎか」
「何だ?」
「いや。大したことじゃない。しかし、おまえは正確には普通でもないよな。
満更、凡庸とも言えない。何しろ、イツカが気に入っているんだから」
イツカの体調は最悪の、いや、更にその底へ落下中だ。ウィルが両腕で抱えて
いて、どうにか、床へ落ちずに済んでいるだけだ。
熱が伝わって来て、オレの腕まで熱くなって来た。
 イツカは通常なら、ウィルよりも足は速いくらいだが、この状態では荷物と
変わらない。自分一人で抱えて、逃げなくてはならないことを思うと、さすが
に重い人形だった。それでも、もし、駐車場まで逃げることが出来たら、道は
あるかも知れない。そこにはイツカを待つ、フォレスがいる。そこまで連れて
行くことが出来れば、あの地下邸に逃げ込む算段はつくやも知れない。だが、
そこから先はどうなのか?
いや、このままじゃ、到底、ガレージまでは辿り着けない。この場を脱出する
ことすら、出来ていないんだ。だが、どうして誰一人、来ないんだ? 普通、
駆け付けて来るだろう? カメラの向こう側で一体、何が起きているって言う
んだ?
「何やら、必死に考えている御様子だが、おまえの選ぶ選択肢は一つきりだ。
オレにイツカを渡し、安アパートに帰宅する。それだけだ。参考までに言って
おくが、オレにイツカを連れて行かれたからって、下の駐車場で震えている奴
がおまえに不足を言うことはない。奴にそんな資格はない。万が一、おまえの
せいとごねるようなら、オレがおまえの代わりにあのショポイ首、へし折って
やるよ」
「御親切に。だが、断る」
「頑固だな、ウィリアム・バーグは。では、補足しよう。オレがイツカを殺す
ことはない。だから、安心して、渡せ」
「何のために、こいつを連れて行こうって言うんだ?」
「箱にでも入れておこうかと思って」
瞬くウィルの表情をさも面白そうにエクスタは見守っていた。驚きのあまり、
一瞬、思考を失ったウィルの中に俄かに憤りが湧き出て来る様子を観察して、
エクスタは楽しんだようだった。
「箱だって?」
「そう。無論、窒息も、餓死もさせない。だから、おまえが気に病むことじゃ
ない。大切に黴びないように、しばらく、そのまましまっておくだけだ」
「何を言っているんだ? 自分が言っていることの意味がわかっているのか?
「当たり前だろ? だって、オレはあの御主人様の最終作品だ。壊れるはずが
ない。オレには故障なんて、ださい事は起こらない。未来永劫にな」

 

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