エクスタの申し出を受け入れることなど、断じて、出来ない。 そんなこと、出来るわけがないだろう! エクスタが思い描く、今後の予定。それは身の毛のよだつ代物だ。人一人、箱 に入れておく。それがまともな人間が口にする計画と言えるのだろうか? 本気か? それとも質の悪い、つまらない冗談のつもりか? いいや。そんな こと、どっちでもいい。考えてみるのもおぞましい。 ウィルは完璧な形を持ちながら、だが、事実上、破綻して見えるエクスタ自慢 の顔を改めて、眺めてみた。小ぶりだが、十分なめりはりが効いて、過不足は ない。そこには様々な色が融合し、小さな世界が成されていた。確かに調和と 破綻とがギリギリで同居していて、まさに地上の世界そのものの様相を呈して いるようだ。 人間の、少なくとも物質的な原価なんか、がっかりするほど安いもんだけど、 こいつらには桁違いのコストがかかっているんだろうな。 エクスタの顔は呆れるほど、良く出来た人造の“世界”だった。自分の主人は アーティストだとエクスタが評するのも、当然だろう。彼が製作した作品たる エクスタの顔は単なる目や、鼻、口を置くための場所ではない。明らかに何か を表現した“作品”だ。もし、そこに人の行き着く先、遥かな未来を描いたと 言われたなら、そうだろうと納得せざるを得ない、特別な顔だった。 神と悪魔、か。また、両極端なモノを同じ皿の上に載せやがる。 右目の青は“神”を、左目の赤は“悪魔”を表現していると、その持ち主で あるエクスタは言い切った。美しい、だが、摩訶不思議な、危ういバランスの 上に成り立ったその顔は見る者を不安に駆り立てる。どうにもならないほどの 不安を一方的に押し付けて来る顔でもあった。 居たたまれない。見ていられないんだ。 「おまえの顔な。神でも、悪魔でもいい、おまえのより好きな方、どちらかに 揃えたら、どうだ?」 エクスタはウィルの唐突さを先ず、笑った。その後、エクスタはやや真面目な 顔を作り、神妙な面持ちで自分の右頬を、感触を確かめるように、そっと撫で 擦る。 「人間にはこのバランスが怖いらしいな。だが、あいにく、左右を揃えると、 つまらない顔になるんだよ。だから、しない」 「つまらない顔?」 「そう。どちらに揃えても、退屈な、ただ、形が良いだけの顔になる。マーク 達と変わらない、非常に綺麗ってだけの、退屈な顔だ。それじゃ、つまんない だろ?」 マーク達? ウィルはエクスタがマークを知っているらしい口ぶりに不審を覚えたが、それ は一瞬のことだった。エクスタがフォレスのお仲間なら、マークを知っていた としても、特段、不思議なことではないはずだ。 確か、マークはフォレスとはごく近所の出身だとか、そんなことを言っていた し、な。きっと、マークはエクスタ達の作られた研究所か何か、施設の近くで 生まれたんだろう。 そう合点し、ウィルはそれ以上の詮索は必要ないと踏んだ。そして、ウィル がそんな想像に勤しんでいる間にも、エクスタの顔への執着は続いていた。 「あんな顔、つまんない。主義も主張も、まるでない。まして、詩でもない。 肉が盛り上がっているってだけ。そんなの、退屈じゃないか? そうだろ?」 エクスタは気易い。まるでカフェで先刻、知り合った新しい友人のように彼は 親しげだった。 苦なんかないって、調子だ。 壁に打ちつけられて、ずり落ちたきり、もう二度と動くこともない哀れな男の ことなど、エクスタの頭の中には微塵も残っている様子がない。 思い出しもしない。そこに転がっているのに気にもしない。でも、それじゃ、 チャランポランで、失言ばかりだったロバートだって、いくら何でも不憫じゃ ないか。 ウィルは一度、負傷したロバートを担ぎ込んだ彼の自宅を覚えていた。そこに いたのは彼の、ごく小さな家族だ。 あんな男でも、リスが待っている。丸々した、食い過ぎだろうって奴が。 籠に入れられたままのリスの行く末を思うと、ウィルの気は重くなる。だが、 そんな感傷はエクスタには通じていない様子だった。ウィルは放置された同僚 の亡骸を見た。彼はエクスタに蹴り飛ばされ、壁に激突し、結果、死亡した。 検体を行ったわけではないから当然、確実な死因は未だ、わからない。だが、 その死の最大の因子がエクスタであることは間違いない。 あの時。 ウィルはゆっくりと、その場面を脳裏に再生してみる。 確か、スタートは、あいつが、イツカの銀の小瓶に触れた辺り、か。 ロバートがイツカの小瓶に触れた瞬間、一体、何が起こったのか? 同時刻、ウィルには僅かに肉の焼けたような、唐突な臭気が感じられただけ だった。しかし、間違いなく、何かが起こったのだ。 だから、ロバートは大騒ぎし始めた。 突然、悲鳴を上げて、あんなに激しく痛がり始めたんだ。 それと同時にウィルは自分達のいる廊下にもう一人分、影があると気付いた。 のたうち回るロバートの横を通り、エクスタは自分の目的であるイツカへ接近 しつつあった。その光景こそがウィルの、エクスタの初見だった。 そう。いきなり、出て来た。エレベーターのドアが開いた、あのチンって音を 聞いた覚えすらない。突然、いるって、こっちへ向かって歩いて来ているって 気が付いた。 ロバートは通りすがりのエクスタに助けを求めた。苦痛に耐えかねて、見ず 知らずのエクスタに縋り付いたロバート。それは緊急時には仕方のない行為と 思えなくもない。だが、エクスタはその人間をあっさり、蹴り飛ばした。 たったの一蹴りが、ロバートの身体に決定的ダメージを与えたんだ。 しかし、あの時、エクスタに本気を出すことを躊躇するそぶりがあっただろう か? 自分に縋り付こうとするロバートの手を払うだけに留めようとする意図 が見えただろうか? いや。そんな様子はなかった。 |