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 エクスタは攻撃を加える側である自分の持つ破壊力を、そして、加えられる
側である人間の身体的脆弱さを知っていながら、手加減しなかった。つまり、
エクスタは自分が蹴ることでロバートが、人が一人、死んでも構わないと認識
していたのか、もしくは。ウィルは自分の思いつきにこっそり、息を呑んだ。
もしかしたら、エクスタは端から後腐れないよう、ロバートの息の根を止める
つもりで蹴り込んだのではないか。
遠慮なく。でも、それって、フォレスはしないことだろう?
自ら望んでしないのか、人間相手にしてはいけないと、躾けられているのか。
それとも他に何か、理屈でもあるのか、それを詮索する必要も、今はない。
だが、フォレスなら、人を蹴り殺しはしない。あいつなら、加減はする。絶対
に。
しかし、同じ製作者によって作られたはずのエクスタはしなかった。
その違いは何だ? 二巡目と三巡目の違いか? でも、三巡目の方が性能的に
上なんだったら、一層、そこら辺のところをわきまえているはずじゃないか。
もし、エクスタに自分を作り出した製作者を敬愛する気持ちがあるなら、彼と
同じ人間を足蹴にして殺すなど、到底、憚られることなのではないか? 
意思も、感情もあるけど、こいつには肝腎の“心”がないんじゃないか?
大体、自分を作った製作者に対する気持ち自体が先の二人、フォレスとティム
とは異なって感じられる。
馬鹿にはしていないし、賞賛もしているけど、でも、畏敬の念とばかりも言い
切れない。根底には何か、同等意識でもあるような感じ。
そんなことを今、危機にさらされながら活路を見出せずにいる身で考えること
自体、おかしな話だと知っている。だが、考えてみずにはいられなかった。
こいつという人間、いや、正確には機械だが、その性質がわからないことには
きっと、先へ進めない。力で真っ向勝負なんて、土台、無理だ。でも、もし、
交渉して、どうにか出来るなら、先ず、イツカを病院へ送ってやらなくちゃ。
 ウィルには依然、エクスタの要求を呑む気はない。大体、人を箱に入れて、
大事に保管するつもりだと宣告されて、誰がそいつに生身の人間をポイと渡す
だろう?
普通、そういう冗談は言わないし。それにもし、本当に冗談だったら、それは
それで十分、こいつの頭はおかしいってことじゃないか? 冗談にしたって、
悪質過ぎるんだから。
冗談だったとしても、ここまで質の悪いことを公言するんなら、箱に入れない
までも、不当な扱いを加える可能性は極めて、大きい。冗談じゃない。
ウィルは腹立たしく、憤りに右頬の上方をピクピクと小刻みに震わせながら、
エクスタを睨み据えた。
絶対、そんな真似はさせない。させてたまるか!
イツカとは長い付き合いがあるわけではない。だが、今日まで他の誰に対して
も、抱いたことのなかった愛執がイツカ相手には感じられる。恐らく、生きて
いれば、何だかんだ言いつつ、ずっと付き合って行けると思うし、出会うまで
の日々も、ずっと付き合っていたような気さえする。きっと相性がいいんだ。
ウィルはそう簡単に合点し、自分の精神衛生のための補足を怠らなかった。
深い意味はない。大体、オレは女好きだ。
 小さく胸中で不特定の誰かに向かって、そう断りながら、ウィルはしかし、
自分が抱えた、“重い人形”を手離すつもりはなかった。
エクスタの狙いはイツカだ。離しさえすれば、もしかしたら、オレは無事なの
かも知れない。
ウィルは深呼吸し、疲れた両腕に新しい力を吹き込みたいと願った。エクスタ
の狙う獲物を抱えて逃げるのは恐ろしく難しいが、エクスタにイツカを手渡す
こと自体は簡単な作業に過ぎない。何より、エクスタが持つ驚異的な力と脅し
に屈しても、フォレスに不服を言う資格はないはずだ。
怪力子守り男のくせに、こんな肝腎な時に、駆けつけても来ないんだからな。
状況は見れば、わかる。今後のことは考えれば、わかる。だが、ウィルは本来
なら簡単に飛び付くだろう、易い方を選べない。例え、エクスタが身の安全を
保証してくれても、フォレスが不服を言わなくても、ウィルにはそんな選択は
出来なかった。
だって、オレが納得出来ない。どんなに難儀なことでも、こいつを無事に病院
へ連れて行かないことにはオレの気が済まないんだよ。
「何だか、妙なやる気を出したようにお見受けするが、おまえ、正気か?」
「馬鹿だとは思うが、狂ってはいないよ」
「その違いがわからないが。まぁ、どっちでもいい。オレにイツカを渡せ」
「出来ない」
エクスタは焦れったそうに、だが、どこか子供相手に我慢しているような調子
で繰り返して来た。
「何度も、同じことを言わせるなよ。おまえはイツカを渡せばいいんだ。簡単
なことじゃないか?」
「断る」
今度はもう少し力を込め、若干、脅かすようにエクスタは繰り返す。
「よこせと言っているんだ。わからないのか?」
「だから、断るって言っているだろ?」
まるで、子供か、つまらないことで言い争う、安アパートの住民同士のケンカ
のようだ。そう気付くと、ふいに情けなくなって思わず、場にそぐわないため
息を吐いた。それを見て、同じようにエクスタも、ため息を吐く。彼はウィル
の性格を持て余しているらしかった。
「おまえは偏屈なんだな。他の奴が相手なら、こんなに苦労しないのに」
ため息混じりのエクスタの発言はウィルには面妖なものだった。なぜ、そんな
ことをエクスタは嘆くのか?
そう言えば、変だ。何でこいつ、こんなまどろっこしい交渉を続けるんだ? 
ひったくって行けば、それで済むことなのに。

 

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