得体の知れない男、エクスタ。だが、彼にはわかり易い一面がある。特注品 である自分の顔が至極、お気に入りなのだ。飽きもせず、繰り返し、自分の頬 を擦り、その感触を楽しんでいるエクスタ。そうしていると、彼の不快な感情 はそこそこ消え失せるようだった。 男の皮膚なんて、撫でて、楽しいもんじゃないだろう? 毒づいてやりたい気持ちをウィルは自分の奥底へ押し込みながら、エクスタの 自己満足する様子を観察するしかなかった。 自愛行為だな。子供が指をしゃぶって安心するような、感じか。 大男のそんな動作を凝視する趣味はなかったが、自分が目を離した一瞬こそが エクスタの隙かも知れない。そう思うと、迂闊に目も離せない。 例え、一瞬でも隙さえ出来たら、オレは強行する。必ず突破する。それにして も厄介な自信家だな、こいつ。御主人様って呼びながら、感覚的には友達なの かよ。 恐らく、彼にはフォレスやティムの持つそれをはるかに凌ぐ自我がある。自分 を誇らしく思う気持ちは一方で、フォレス達が持つような忠誠心を薄めている のではないか? 次元の高いエクスタにとっては、“製作者”は主人ではある が、一方的な支配者ではなく、あれこれ叶えて欲しいことを訴える先でもある のだ。 ああして欲しい、こうして欲しいって、訴えるのは親子的な感覚かな。だが、 “機械”が自分を作った人間にまで対等意識を持っていちゃ、困るんじゃない か? いざって時、もし、故障して暴走でも始めたら、一体、誰が止めるんだ よ? 「な、おまえ達はつまり、対等な関係だと解釈すればいいのか?」 「平たく言えば、そう。我々は対等だな。御主人様は頭が良い。だから、その 分、さばけている。彼はいつも公平で公正だよ」 「それはいい。だけど、普通はそうじゃないだろう? ロボットなら、作って くれた博士には当然、一目置くもんだろ?」 「置いているよ」 エクスタはぞんざいに頷いた。 「オレは御主人様だけは敬愛している。敬意があるからこそ、ほとんど愛称と 化しているにしろ、“御主人様”と呼ぶ。馬鹿だと思っていたら、呼ぶわけが ない。他の連中だって、同じこと。別に御主人様と呼ぶように設定されている わけじゃない」 「自覚していないだけなんじゃないか? だって、おまえは人間のために働く ロボットだろ? そのために作られたんだ。だったら、自覚がないだけで、中 にはそれなりの仕掛けが仕込まれているかも知れないじゃないか?」 エクスタはウィルを眺め、小さくせせら笑った。そこには悪びれた様子は微塵 もなかった。 「ロボットって単語に、人間はいつも侮辱を込めたがる。だが、出来損ないは オレ達じゃない。つまらないのは常に人間だよ。基礎能力が大違いだ。到底、 比べられないような大差がある」 「当然だ。生まれ持った力そのものじゃ、人間は機械には及ばない。だから、 人間はロボットを開発しようと、思い付いたんだ。自力でチャッチャッと用事 がこなせるようなら大金掛けて、長い年月掛けて、ロボット開発しようなんて 思わない」 「そりゃ、そうだ」 気軽にエクスタは頷いた。 「オレ達は人間の、こうありたいという、叶わぬ、願望の結晶だからな」 「一つ、聞いてもいいか?」 「何だ?」 「おまえ達の製作者は何のためにおまえ達を作ったんだ? 普通はさしづめ、 絶対的な支配者になるために作る。だけど、おまえ達は友達だ。それはそれで 楽しいのかも知れないが、大変な労力と大金を注いで開発するほどの意義なの か?」 エクスタは苦笑し、大袈裟にわからないと言う、ポーズを作って見せた。 「さぁ。暇だったんじゃないの? 単に友達が欲しかったとか。そう言えば、 御主人様って、命令はしないな。偶に用事を頼まれるけど、命令ってもんじゃ ないし。大体、御主人様は造ってしまえば、後は野放しってタイプだからな」 「野放し?」 「そう、野放し。身近には例の“一巡め”の奴らぐらいしか置いていないし、 基本、オレ達がどこで何をしていたって、あれこれ言わない。オレ達の人格を 尊重してくれるんだ」 「そりゃあ、御立派だな。親でも、なかなか出来ないことだ」 ウィルの軽口にエクスタは苦笑し、目を細めた。 「やっぱり、おまえも来ればいい。そうすれば、オレは退屈しないで済むし、 おまえも、イツカの心配しないで済むじゃないか?」 話は再び、本線に戻ったようだ。 「だから、何で、おまえはイツカを連れて行こうとするんだよ? 御主人様に 頼まれていないなら、余計、おかしいじゃないか?」 「確かにオレは御主人様に依頼されていないし、別にイツカに会いたくて来た わけでもない。正直、今日まで接点もなかった」 「だったら、なぜだ? なぜ、おまえはイツカを狙って来たんだ? それに、 なぜ、オレみたいな冴えない、普通の人間相手に強行手段に出ないんだ?」 ウィルはちらと目線を、同僚の死体へ送ってみた。そろそろ死体として、確立 して来た様子が見受けられる亡骸。エクスタはロバート相手には何の遠慮も、 躊躇も見せなかった。さも当たり前を為すように、一蹴りして殺してしまった のだ。同じことをもう一度、ウィルにもすれば、エクスタの目的は達成された も同然だった。ウィルの腕の中に収まったイツカは瞼すら、自力で動かせない 状態なのだ。 「おまえなら簡単だろ? さっさとオレを蹴り倒して、イツカを持って行けば いい。それで済む話だ。なのに、なぜ、それをしない?」 エクスタは苦虫を噛み潰したような表情で、詰問するウィルを眺めている。 不本意だと言わんばかりのエクスタの様子に、ウィルはしたくても出来ないの だと察した。しかし、なぜ、出来ないのだろう? だって、エクスタなら、簡単だ。怪力フォレスがびびって、駆け付けられない くらい、強いんだろ? それほどの強者なら、オレを殺すくらい、造作ない。それなのになぜ、そんな 簡単なことが出来ないんだ? ウィルにはエクスタがウィリアム・バーグを蹴り殺せない理由がわからない。 「なぜだ? オレとそいつ、ロバートの間に違いなんかないじゃないか?」 「オレにはオレの理屈がある。おまえなんぞには教えないがな」 「いいさ。だったら、もう一つ、他を聞く。おまえ、イツカを殺す気がないの なら、こんな無駄に時間を掛けていいのか? これ以上、衰弱したら、やばい んじゃないのか? 取り返しがつかないことになるぞ」 「知っている。故意だからな。わざわざ、時間を掛けて、待っているんだよ」 「待っている?」 エクスタは不可解な笑みを浮かべて見せた。 「そう。そんなモンに迂闊に近付いたら、オレの寿命に関わる。雨で衰弱して 良い子になってくれるのを待っていたんだ」 |