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 天地さえ切り裂きかねないシャロームの凄まじいばかりの金切り声に驚き、
ウィルは跳ね起きた。そして、自分の鼻先で展開する叔母の狂乱ぶりに呆気に
取られ、まるで他人事のように首を傾げる。なぜ、シャロームがここにいるの
か? それ自体がさっぱりわからない。彼女がここにいるはずはなかった。
こんな所で何、やっているんだ? 大体、男の寝室に入り込む度胸があれば、
一回くらいは結婚出来ただろ? そんなもんがないから、独身なんだろ?
 潔癖で名高いシャロームは今、不可解な状態にある。何しろ、甥とは言え、
曲がりなりにも男であるウィルのベッドに上がり、勇ましいその恰好で何やら
叫びながら、必死の形相でウィルの両腕を掴み、強く強く揺すっているのだ。
面妖としか言いようのない状態なのではないか?
いつも、はしたないことはしないって、自慢げに言っているくせに。
こいつ、一体、何をしているんだ? 何でこんな所にいるんだよ?
叔母らしからぬおかしな奇行に驚き、しばらくは様子を観察してみるしか術も
なかった。何かに取り憑かれているのではないだろうか? そう危惧するほど
シャロームは混乱し、取り乱している様子なのだ。
まさか。とうとう行っちまったのか、“遠い所”に。
彼女は極度の興奮状態にあるらしく目をむいたまま、何事か叫び続けている。
ウィルにはろくに聞き取れないほどの、大きな声で。
それは言葉じゃないだろう? 奇声だよ、まったく。
ウィルは冷ややかな目で叔母を見据えてみたが、彼女の狂乱の原因はうっすら
とさえ、見えて来ない。
何を見て、ギャア、ギャア、叫き立てているんだろう、この女は。
いつまでも呆気に取られてばかりもいられなかった。壁の薄い安アパートだ。
いつ通報されるのか、それは時間の問題だった。
「あんた、何、やっているんだよ? 騒々しい。パトカー、呼ばれちまうじゃ
ないか? 傍迷惑だぜ?」
ウィルの冷めたセリフを聞き取ることが出来たのか、シャロームはまず、ぴた
と停止し、そのまま、しばらく身動ぎもしないでウィルを凝視し続けた挙句、
おもむろに一つ、パチリと瞬いた。
「あら」
ようやく配線か何か、とにかく頭の中の不具合がどうにか繋がったのか、要領
こそ、見えないものの、シャロームはふいに静かになった。だが、普段の調子
を取り戻すには未だ、若干の猶予が必要だったようだ。戸惑ったような表情を
浮かべていたシャロームはややあって、深くため息を吐き、それから掠れた声
で喋り始めた。
「まあ、ウィル。無事だったのね。良かった。神様の思し召しだわ」
いかにも安堵したふうに胸を撫で下ろし、笑みを浮かべるシャロームを見据え
ながら、ウィルは首を傾げた。不可解だと思うからだ。
何だ、それ? 
こうして同じ現場に居合わせる彼女と自分の、二人の様子には埋め難い大差が
あるようだ。
何を言っているんだ? 
ウィルには叔母の言動が全く理解出来なかった。
「思し召しだって? 何、言っているんだ? こんな時間に男のベッドで勧誘
か? やめろよ、悪い冗談は」
シャロームは、ウィル以上に不思議そうな様子を見せた。
「何だよ? はっきり言いなよ」
「何て、おかしなことを言う人なんでしょう。あなたがわたしを呼んだんじゃ
ないの? 助けてくれって、あんなに大きな声で何度も叫んで。覚えていない
の?」
「は、知らないよ、そんなこと。変な言いがかりは止めてくれよ」
「あなたが呼んだのよ、ウィリアム・バーグ。だから、わたし、慌てて、駆け
付けて。それでここに、こうしているんじゃないの? そうでしょ? 呼ばれ
もしないのに、わたしが男性の寝室に入るわけがないでしょ? あなた、本当
に覚えていないの? あんな大きな声、とても寝言じゃ出せないわ。つまり、
あなたが自分の意志で叫んで、助けを、つまり、わたしを呼んだのよ」
「はぁ?」
ウィルは思わず、素っ頓狂な声を上げていた。
「何でオレが、あんたなんかに助けを求めなきゃならないような、そんな緊急
事態に陥るんだよ? 勤務中ならいざ知らず、こうして自分のベッドにいるの
に、どうして叫き立てなきゃならないような、そんな―」
ウィルは首を傾げ、続きを呑み込んだ。
あれ?
どうして、オレの声、こんなに嗄れているんだ?

 

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