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 実際、ウィルの声は荒れ果てて、掠れている。叫き立てていたシャロームの
それと何ら変わらない。しかし、それは不可解な状態と言えるのではないか? 
だって、オレは眠っていたんだぜ。寝汗はかくけど、寝言は言わない。それに
たかが寝言で、こんなに声が嗄れるはずがない。
ウィルが首を捻り、訝しがる様子をシャロームはいかにも嬉しそうに見守って
いて、その笑みはウィルの生還を喜んでいる感情、そのものにも見える。彼女
は頬を紅潮させ、目を潤ませているのだ。
いかにも感激していますって、そんな顔だな。だけど。オレにはさっぱり意味
がわからないんだけど?
「何、あんた、一人で、じーんとしているんだよ? どういうことだ?」
「あなたが無事だったから、わたし、こんなに嬉しいのよ、ウィル。わたしの
胸は今、感動でいっぱいなの。だって、一時はどうなるんだろうって、本当に
不安で、不安で仕方がなかった。このまま、甥っ子が遠い所に連れさらわれる
んじゃないかって、そう思うと生きた心地がしなかったもの」
「オレが、何に連れさらわれるって? 大体、何で、あんたがここに、オレの
寝室にいるんだよ?」
 落ちつきを取り戻したシャロームはウィルの怪訝そうな様子を見つめ、次第
次第に得意げな顔つきに変わって行く。それはウィルにとっては嫌な、まさに
不吉を予感させる表情だった。シャロームは今、得意満面なのだ。
「ウィルったら。今、言ったばかりじゃないの? 大丈夫? あなたの悲鳴を
聞いて、驚いて、それで慌てて駆け付けたのよ。本当に覚えていないの?」
「知らないよ、そんなこと」
「きっと悪魔が来たんだわ。あんな悲鳴、生まれて初めて聞いたもの。ドラマ
みたいな物凄い絶叫だったのよ? あれだけ叫んで、それなのに本人が覚えて
いないなんて、普通じゃないわ。だったら、ウィルはやはり、“悪魔”に遭遇
したのよ。間違いない」
「どこから、どうやれば、悪魔の話にすり変わるんだか」
「間違いないからよ。真実だからだわ」
シャロームはウィルの話など、もう聞いてもいなかった。
「かわいそうに。ウィルは悪魔と遭遇したんだわ。だから、あんな見たことも
ないような恐怖に怯えた表情で、聞いたこともないような大声を上げて、喚き
散らさなくてはならなかったんだわ。本当に凄い声だったものね。それなのに
目が覚めたら、すっかり忘れているとは。やはりウィルは悪魔に会ったのよ。
去り際、悪魔によって、記憶を消されたんだわね。そうに違いないわ」
本当、想像力、逞しいタイプだな、こいつは。
絶句気味のウィルには構わず、シャロームはふと、にこやかに微笑んだ。
「ウィリアム。よくぞ、たった一人で悪魔に打ち勝ってくれました。あなたは
わたしの誇りですよ」
 シャロームは感極まったように、白いハンカチで目頭を拭う。彼女は感動で
打ち震えているらしい。
寝間着、着ていても、ハンカチは持ち歩いているんだな。
甥がそんな妙な感心をしているとも知らずに。
「ええ。信じていたわ。あなたが悲鳴を上げながら、バタバタ大暴れしている
間も、ずっと変わらずにね。きっと、この子なら、悪魔に打ち勝ってくれる、
生き延びてくれるに違いないと、そう信じていた。だけど、さすがにあなたが
急に動かなくなって、うんともすんとも言わなかったあの三分間だけは本当に
不安で不安でたまらなかった。無事で良かったわ、ウィル」
何、言っているんだ?
ウィルは宗教にかぶれた叔母の言葉を一々、真に受けてはならないと思う。
まともに聞いていたら、こっちの頭までおかしくなるからな。馬鹿は感染する
病気だって、聞いたし、な。
その聞きかじった定説の根拠はともかく、元々、かなりおかしい、風変わりな
叔母の証言など、鵜呑みにしてはならない。自分で根気良く、つぶさに考えて
みる方がよほど確実だと思えた。

 

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