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 このまま、ずっと生きていたなら、人はどんな未来に行き着くのだろう?
間違いなく、ロボットはそこら辺中、闊歩しているんだろうな。
エクスタのような究極の完成品を見た経験があるのだ。未来における、彼らの
存在を否定出来るはずもない。それに例え、現在、開発が禁止されていたのだ
としても、誰か彼かが、無数の頭脳がちまちまと同じテーマ、人の姿を模した
ロボットを研究し続ければ、その先にエクスタのような成功例が生まれても、
何ら不思議はなかった。
一人じゃ、無理だろうけど、皆でせっせと積み上げて行けば、いつかその内、
成功するかも知れない、そんな類いのテーマだよな。オレだって、そういう、
機械系の未来はマンガの、夢の実現だって、割り切れなくはない。
でも、いくら何でも、“瞬間移動”はないだろう? そんなこと、どこの誰に
も絶対、出来ないよな? まして、オレに出来るわけがない。自然界に普通に
あるような現象でもない。潮が引くとか、満ちるとか、そんなんじゃないんだ
から。
「本当に、ここ、おまえのアパートなんだな?」
「僕、めったに嘘なんか、吐かないよ」
イツカはどこか、投げやりな調子で、そう一括しただけだった。ウィルは水面
を見つめるイツカを見やった。二人は共にずぶ濡れだが、多少の違いはある。
ウィルの身体からは大雨の最中から帰宅した直後のように、水滴がぼたぼたと
激しく滴り落ち、イツカの方からはさほど、零れていなかった。そこから推察
するに二人共、同じ水中から同じように這い出したのだろうが、その時間には
開きがあった。つまり、イツカはウィルより、随分、早く水中から抜け出せた
のだろう。
と言うことはこいつも、このでっかいプールみたいな所に“落ちていた”って
ことだよな?
 ウィルは改めて、はっきりと確かに現実だったと認識出来る、その時点まで
立ち戻り、考えてみる。その日、ウィルは緊急の呼び出しを受けて、署に駆け
つけた。望まぬ事態が生じた以上、時間外だと四の五の不服を言っている場合
ではなかったからだ。
“一色きりの世界”がとうとう、やって来たんだ。
被害者は将来有望な恵まれた黒人男性だった。若くハンサムで、性格も良く、
ほとんど完璧な人間だったと聞く。
留学を終えて、帰国したばかり。初めて自分の名前と顔写真の入ったパンフを
用意した演奏旅行を控えていた、若手ヴァイオリニスト。準備に余念のない、
忙しい日々を送っていた男。
下々のオレから見れば、所詮は想像に過ぎないことだけど、幸せの絶頂にいた
はずだ。何たって、それまで長いこと、修練して来た、その努力の全てが実を
結ぶ直前にいたんだから。
きっと心地良い緊張に包まれ、彼の毎日は充実し、輝いていただろう。ウィル
はそんな彼の変わり果てた亡骸を思い出し、そっと、背筋を伸ばした。人には
必ず、死が訪れる。逃れることなど、誰にも絶対に出来ないと決まっている。
確かにいつでも、誰にでも与えられる結末は死一つきりだ。だが、そこに至る
までは千差万別だ。
自らも、危うく水死するところだった。そう、振り返りつつ、ウィルは考えて
みた。人が死と言う一つきりの結末に至るまでには、即ち、死亡するまでには
種々雑多な死因が用意されている。結末は一つでも、そこに至るコースは様々
であり、だからこそ、ウィル達は昼夜、奔走しているのだ。
毎日、本当、いろんな死体を見るよな。
当然、手足を欠損し、失血多量で事故死する者など、星の数ほどいる。手足を
もがれた死体すら珍しくもなく、頻繁に路上に落ちている物だったとしても、
さすがに内臓まで抜かれた他殺体はやはり、奇怪この上ない珍品だった。
そこまでやる奴はさすがに少数派だ。いや、切り取った奴は何人か、州刑務所
にいる。だけど、殺して、臓器を切り取って、だ。その上、他の死体の臓器と
それを詰め替えるまでの馬鹿はいなかった。そんな奴、そうそういてたまるか
よ!
 ウィルは憤りを腹の奥底に押し沈め、更に思い出す。解剖中のイツカの傍ら
にウィル自身も立っていた。そして、あまりの衝撃から逃れるべく、ついつい
逃避行動を取ったようだ。その場にいたにも関わらず、ウィルは夢を見た。
不可解な夢。生意気な“イツカもどき”が出て来るんだ。白くて、細い、廊下
みたいな部屋にイツカが立っていた、あの“首”を抱えて。
それから何があっただろう? ウィルはイツカが署長に呼び出され、署長室を
訪ねたことも、覚えている。それが気にかかり、ウィルもついて行ったのだ。
部屋には入らなかった。オレは呼ばれていなかったからな。
そして、ようやく戻って来たイツカは顔色が優れなかった。
そうだ。エクスタが、あいつが来る前からイツカの様子は変だった。雨のせい
なのか、具合が悪そうで、立っているのもやっとって、感じだった。

 

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