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 今日一日に起きた出来事。それはどれ一つ取ってみても、ウィルには不合理
で、納得のいかないものだった。一つ、一つがどうしても、しっくりと一本の
真珠のネックレスのようには繋がらず、あまりにも不自然と思えるのだ。
日々の出来事って、どれもこれも小さいけど、些細だけど、それでも、新しい
“変化”で、そりゃあ、偶に予測のつかないことも起こるだろうけど。でも、
たかが人間の、その身の回りで起きることなんだ。とやかく言ったところで
やっぱり繋がっている。何の脈絡もないなんて、そんなこと、在り得ない。
ウィルは今日まで、自分に出来うる限りの最善を尽くして、生きて来た。熱心
に教会に通ったことはないが、通りすがりの困っている人間に求められれば、
助けることを断ったことはない。
日々、ささやかとは言え、善人であるための、いや、善人になるための精進は
続けて来たつもりだ。だからこそ、オレはアリスと出会って、彼女と結ばれ、
子供まで得た。日々の努力があったからこそ、こうして、オレは生きている。
こういうのを繋がっているって、言うんだろ? 
決して一つ、一つの出来事同士に、その間に関連がないわけじゃない。いや、
何らかの繋がりがあって、それで初めて、一つの人生なんじゃないか。
 ウィルは目を見開いた。今、弱い明かりの下、目に映るのは特大の水溜まり
とその水面で緩い水流が放つ、数限りない、極々小さな水粒であり、その水粒
に満たされているだろう空間だった。
ある意味、森のようとも言えるのかな。
そう考えれば、確かに、この場所に常識は通じないのかも知れない。しかし。
ウィルは決然と切り替える。全ての事象は繋がっていて、一つ、“前”がある
からこそ、“次”が生じ、存在する。起きた事は各々、皆、小さな一つの玉で
あり、また次の新しい玉、即ち、出来事へ繋がって、一人の人間の一生を作る
のではないか。
そうだろ? 先ず、Aを選択した、だから、Bが起きた、因って次はCを選択
せざるを得なくなったって、普段の日常生活では当たり前に選んだり、起きた
り、つまり連続していることがなぜ、“今日”に限って、上手く繋がらないん
だ?
日常にも、人生にも、最低限度の脈絡はある。だって、車に撥ねられるのは、
道路にいたからだ。家の中にいれば、撥ねられることはなかったんだから。
 ウィルは混乱し始めた頭をどうにか静めようと、腐心していた。
落ち着けよ。いいか。おかしなことばかりだった。それは間違いない。どれも
これも、どうしてこんなことが起きるのか、理由がわからない、一日の出来事
として、当たり前に繋がらないことばかりだった。
無論、最大の謎は署にいた自分達が今、イツカの自宅の最下層にいることなの
だが、それ以前にも小さな謎は多数あった。普段なら、気にしないだろうこと
まで今、こうして振り返れば、何らかの意図を持って、誰かが用意したことの
ような気さえするのだ。
大体、あの、労働時間には人一倍、厳格な、つまり、怠け者の代表、署長が、
だ。深夜、自分の勤務時間じゃない時間、しかも、大雨が降っていたのに来て
いただなんて、変じゃないか? 
そりゃ、一報を受けたら、署長が飛んで来るのは当たり前だ。いくら、“時間
厳守”をモットーにしている署長でも、あんな、どう見たって、“一色きりの
世界”の仕業だろうって、惨殺死体が自分の担当“エリア”で発見されたら、
“また、明日”って、例の決まり文句は言えないはずだ。
 それでも、ウィルには引っ掛かる。ウィルが駆け込んだ時、署長は既にそこ
にいた。それがウィルには引っ掛かるのだ。彼の自宅と、ウィルの自宅、各々
から署への距離を思うと、どう走っても、ウィルの方が先に到着するはずだ。
でも、あっちが先に来ていた。だったら。もしかして、あの男は連絡を受けて
から家を出たんじゃないんじゃないか? 別件で来ていたのか。いや、そんな
重要な別件なんて、考え付かない。
ウィルは自分の頭の中が一層、混乱して行くのを感じながら、だが、どうする
ことも出来なかった。
あの夜、署長が深夜に出勤する理由はなかった。あの死体が発見されるまでは
いつもと変わらない夜だったはずだ。
だったら、普通に、事件の一報を受けて、指揮するために駆けつけたとして、
だ。なぜ、あの男、わざわざ、イツカを署長室まで呼んだんだ? 美人秘書の
サンドラしか、入れたがらないって噂の署長室に? その意味は深いはずだ。
署長に地下ラボまで下りる理由はない。彼には署長としての権限があるのだ。
電話を入れれば、それでどんな用でも、事足りる。
自分のパソコンにデータを丸ごと、送らせれば、それで十分。下りる必要も、
呼ぶ必要もない。大体、いつもはそうするし、そうさせる。何しろ、あの男は
自分の城、署長室には部下と言えども、他人を通すまいと常々、画策していた
クチだからな。
署長は普段、自分と最低限必要な部下以外、通したがらない自分の城にイツカ
を招き入れた。それはウィルにはひどく奇異に映る事態なのだ。
一体、どんな理由でイツカを呼んだんだ? それにこいつだって、戻って来た
時、真っ青だった。なぜなんだ? 

 

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