飛び出しては来たものの、ウィルにその後、こなすべき予定はない。結局、 このまま署に向かうしかなかった。自分のあまりの芸のなさには嫌気も覚える が、何しろ、夜は未だそこら辺中に居座っているのだ。ウィルにはこんな時間 に訪れて良い場所も、するべき用もなく、署に赴かないことには立ち往生する しかないのだった。 そりゃあ、そうだよな。眠っていたって、いい時間帯なんだから。ったく。 しかし、こんなウィル以上にシャロームには行く先がない。 だから、いつも、オレが飛び出すことにしているんだ。 こうして、ドライブがてら町中をグルグルと回っていれば。それなりに気が 紛れ、大した淋しさを感じるものでもなかった。運転自体が好きだし、普段、 見慣れた風景も、こうして違う時間帯の色を帯びれば、それなりに別物として 楽しむことも出来る。 車の中にいれば、寒くもない。悪くはないさ。 だけど。 もしも寒中、この暗がりを一人、歩いていたなら。きっと、この同じ青ざめた 光景がまるで異なる様相となって、この目に映ることだろう。あたかも世界の 終焉にたった一人、歩いているかのような、そんな孤独まで感じるのではない だろうか? 怖いよな。冬の夜、たった一人で街を歩くなんて。 そこまで絶望的な、寒々しい孤独をシャローム一人に味あわせるよりはまだ、 こうして自分が行く先のないドライブを続ける方がよほど、ましだろう。そう 考えて、ウィルはひたすらドライブを続けるのだ。 オレには行こうと思えば、行ける場所がある。いや。出来るなら、今すぐ駆け 付けたい場所がある。このまま、まっすぐ進んで行きさえすれば、そこに辿り 着けるのに。 ウィルは思わず、ハンドルを握る手に力を込めた。もしかしたら。シャローム には行きたいと望む場所すらないのかも知れない。 でも、オレにはある。行きたいと望む場所がある。その位置だって、わかって いる。 だが、ウィルは直行しなかった。行きたい場所はある。普段は胸の奥底に押し 込み、考えないようにしている大切な所。ウィルは常時、いかなる時もそこに 行きたいと願っている。そして今も、そこに行きたいと望みながら、それでも やはり、進行すべき方向を換えることは出来なかった。 アリス。 何て、遠い町に君は住んでいるんだろう? 約束なしに、ふいに訪れるにはあまりに遠い町に彼女は今、住んでいる。 こんなに会いたいのに。 二人は互いに愛し合う当たり前の夫婦だった。それなのになぜ、別れ別れに 暮らさなければならないのだろう? シャロームのせいだ。 それは周知の事実であり、それさえ解決出来れば、速やかに妻は荷物をまとめ て、ショーンを連れ、この町へ戻って来るだろう。それは十分に承知している ことだ。しかし、ウィルには実の叔母を放り出すことは出来ないし、アリスも 強行策は望まない。結果的にウィルは叔母のシャロームと、アリスは一人息子 のショーンと、それぞれ組となって、離れた町に暮らしている。 時が解決してくれることじゃないのに。 解決策を知っていて、それでもウィルとアリスは問題を先送りしながら、離れ 離れの毎日を送っている。 オレ達はまた一緒に暮らせるんだろうか? 親子三人、この町で。 ウィルの車は昨日と同じ道を進む。毎日、毎回、迷うそのポイントでやはり 直進出来ず、昨日と同じように緩やかにカーブを切った。もし、ウィルが二、 三日、戻らなくとも。シャロームは全く困らない。給料は銀行振り込みだし、 彼女は手元に少しばかり余分を蓄えているはずだ。 機械は頻繁に止まり、人を煩わせるからな。 ならば、いつものようにいつものメニューを作り、一人で食べるだけだろう。 だが、署の方はそうもいかない。ただでさえ人手不足なのだ。ウィルが欠けて はさぞかし、困り果てるに違いなかった。 オレがいなきゃ、仕事にならない連中だからな。オレがいてやらなくちゃ。 そう思い込むことがウィルにとって一番、簡単な、長距離ドライブを断念する 方法だった。時々、何もかも放り出し、アリスの住む町まで突っ走りたくなる ことがある。それにも関わらず、ウィルは結局、毎回、その長距離ドライブを 断念して来たのだ。 なぜだろう? 何を恐れているんだ、ウィリアム・バーグ。 あの道の先におまえは一体、何を見ているんだ? はっきりとした図は見えない。だが、ウィルは自分は常に何かを恐れている ように思う。あの道の先に不安を見、怯える自分を感じ取っている。そして、 同じようにアリスもまた、何かを恐れているように感じていた。だからこそ、 ウィルはそこ、アリスの住む町に行けないのかも知れない。何かを恐れている 者同士。そんな二人が正面から向き合った時、一体、どんな結末が用意されて いるのだろう? もしかすると、それこそが姿の見えない不安の礎となっていて、常に問題を 先送りしようとするこの滑稽な別居の一因を成しているのではないだろうか? わからない。離れているから見える、いや、見えたような気になっている幻、 みたいな。そんなものなのかな。ただの気の迷いで、言い訳なんだろうか。 いっそ、思い切って踏み込んでみれば。また一緒に暮らし始めてみれば、何、 怖じ気付いていたんだろうって笑い合えるような、そんな類のことなのかな? 今日も答えを導き出せないまま、ウィルの車は昨日までと同じ軌跡を描き、 疾走して行く。 結局、何も考えなくたって、人は生きて行けるんだよな。いくら考えてみたっ て、答えが出ないんじゃ、考えたって事実すら意味がないよな。 そう自嘲するしかなかった。 署に到着し、その裏ガレージに進入する。人気もなく、気を使う必要もない。 暇潰しには絶好の場所だ。 ここなら、金もかからないし。 それに、通報されることもないだろう。 昔。アリスを待って路上で駐車していて、通報されたことがある。その時の ばつの悪さと言ったら、この上なかった。隣人達の美人のアリスを気にかけ、 心配してくれる気持ちは大層、ありがたかった。感謝もしている。だが、その 後の署でのウィルの立場は惨めこの上ないものだった。 『よほど、地域住民に不安を与える顔をしているらしいな』 当時の署長はそう言って、大笑いしたものだ。 その日、なら、わかるぜ。だけど、二ヶ月も、三ヶ月も飽きもせず、毎日毎日 リピートだぜ。冗談じゃない。あいつに比べれば、今の署長は人が良いって。 ま、これも半分、嫌味で言っているんだけどな。 現在の署長はわかりやすい男だ。ウィルと同じように金髪の美人を好み、実家 が裕福なイツカにはへつらう。彼はごく正直な、当たり前の人間だ。 イツカ、か。 ここでもう一眠りしようかと思ったけど。 見たばかりのあの悪夢を思い出し、ウィルはやるせなくため息を吐いた。 やはり、二度寝はすべきではないかも知れない。 また変な夢でも見たら、嫌だからな。 |