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 彼は孤独な男だった。生来、身寄りはなく、死亡を知らされても、別居中の
妻は駆け付けては来なかった。事実上、とうに別れていた男のために今、得た
ばかりの職場を離れることは出来ない。そう言った彼女に対して、若い麻木が
腹を立てることはなかったし、彼女が連れて出ていた十二歳になる娘が独り、
やって来て、泣きじゃくっていても、本当は気の毒だと思ってもいなかった。
そうに違いない。そんな気持ちだったからこそ、今更、思い出そうとはしない
のだ。
もしかしたら。
あの時、不遜だったから、だから今になって、罰が当たったんじゃないのか。
そう考え付いて、だが、即座に麻木は否定する。
くだらない。
麻木は死体そのものを怖いと感じたことがない。なぜなら、死体は所詮、肉に
過ぎないからだ。スーパーで山積みにされて、売られているあのパック詰めと
何ら変わらないのだ。
そんな物にびびったって、仕方ないじゃないか。 
当然、あの時、時計店の主人の死体を足元に置いたまま、若い麻木がタバコを
吸ったからと言って、死体が腹を立てるはずもなかった。
どうして肉が腹を立てるものか。そんなことが出来るはず、ないじゃないか。


 懸命に毒づきながら、麻木は内心の苛立ちを押さえきれなくなっていた。
怖いのは死体ではない。そんなことは百も承知している。大体、あの四死体が
どれだけおぞましい姿をしていたとしても、大抵、第一発見者の食欲を一時、
奪うことしか出来ない。死肉には恨み辛みを言う動く口すらないのだ。ならば
もし、事件発覚後、人が何かを恐れるなら、恐れるべきその対象は四つの死体
を作り出した犯人のみなのではないか。
そう、いかれたそっちを恐れるべきだ。 
そして、あれほどまでに陰惨な死体を生み出せる者は怪物と言えた。
  

 
 
  半年前。
六月二十八日、早朝。青田 豊、三十七歳は小雨の降りしきる公園の片隅で、
まるで放り捨てられたかのような恰好で発見された。ブティックを経営する彼
は派手なプリント柄のシャツを着、俯せに倒れていた。茶色のありふれた粘着
テープで後ろ手に縛られたびしょ濡れの痩せた身体を見掛け、親切心からか、
ひっくり返し、まともにそれを見たジョギング途中のサラリーマンが目を回す
ほど、青田の顔は損なわれていた。


 無惨な死に顔だった。それを見る時、残された者達がどんな思いを抱くのか
など、犯罪者にはまるで思い付かないことだったのだろう。
そうでもなきゃ、もう少しくらいは遠慮するだろうからな。
 麻木は事実を思い返す。青田の死に顔。それを作ったのは小さいが、鋭利な
刃物だったはずだ。それを使って、犯人は幾度となく青田の顔面、その薄い肉
を突いてはえぐる、という行為を執拗に繰り返したのだろう。その結果として
捨てられていた青田の顔には顔であるべき特徴が残されていなかった。
そりゃあ、素人は吐くだろう。
第一発見者には同情を禁じ得ない。気の毒だと思った。

 

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