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 青田 豊は惨殺された。それは不幸と言えるだろう。それでも、もし、彼に
救いがあったとすれば、犯人が青田の身元を隠そうとしなかったことだ。なぜ
なら、彼の荷物は全て、死体の傍近くに無造作に置き捨てられていた。
 そのポーチの中身は完全で、財布や運転免許証や小さなアルバムが行儀良く
収まっていた。だからこそ、顔が失われていても、彼の身元はすぐに判明し、
遺族の元に引き取られることは出来たのだ。
おかしな行動だけどな。
 犯人は青田の身元が知れることには何の不安も抱かなかった。それは通常、
犯人が被害者の生前、その生活圏に存在しなかった事実を示す。もし、被害者
が特定されても故人と縁がなければ、警察がその交際範囲をいくら漁っても、
自分は網には掛からない、そう踏んでいるからこそ取れる怠慢行為なのだ。
だから、気安くひとまとめにポイと捨てやがるんだ。 
そしてその気安さを考えれば、手口こそ残忍極まりないが、知人による怨恨の
果ての凶行とは思えない。と言っても、大金の入った財布には手もつけられて
いないのだ。
金目当てではない。だったら、何のために犯人は青田を惨殺したのか。
意味がわからなかった。
 青田の身体は降りしきる雨に濡れていた。だが、それだけでは到底、説明が
つかぬほど綺麗だった。犯行時、夥しい血が流れ出て、持ち主の身体を汚した
はずだ。ならば、犯人は死体をザブザブと、水洗いでもしたのだろうか。
まさか、な。
何一つ疑問は解消されないまま、アライグマのようなその犯人は新たな死体を
作り出していた。

 八月二十六日、早朝。第一発見現場の隣町。やはり公園で佐野 彰、三十五
歳の死体は発見された。青田同様、茶色の粘着テープで後ろ手に縛られた身体
は晴天下にも関わらず、びっしょりと濡れていた。
 その傍らに立ち、辺りを見回す。すると近くの植え込みの切れ目から人通り
の少ない道路が垣間見えた。もし、そこから、大の男二人が協力し、勢い良く
放り込んだなら間違いなくピタリ、ここに落ちるだろう距離がある。つまり、
犯人ではなく、犯人達、複数犯なのだと推察出来た。
えぐい奴ら、なんだ。


 そうやって放り捨てられたらしい佐野の死体からは洗われたためなのだろう
か、血の臭いはしなかった。一見でその異様を見咎めることは難しかったこと
だろう。しかし、今度の第一発見者である少女はだてにワイドショーばかりを
見ていたわけではなかった。小学生の彼女は用心深く、まず声を掛けてみた。
それで、どうやら本物らしいと判断を下し、慌てて近所の自宅へと駆け戻り、
そこから通報したのだ。
お利口さんだ。
もしも、迂闊に顔を見ていたら、大変なことになっていた。
彼女は一生、幻につきまとわれるはめに陥っていたことだろう。

 

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