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 思い出しただけで吐きそうになる。今でも、麻木は思うのだ。第一発見者が
成人の、それも男性で良かった。せめてもの幸いだった、と。誰もがそう思う
ほど、朝倉 良二、三十一歳は傷つけられて無惨な、変わり果てた姿となって
発見された。
 まず、彼の髪。無遠慮に一握り分ずつ、根元からそぎ切られたのだろう。頭
皮にはその際つけられたと思しき、カミソリに因るものらしい真新しい切り傷
が幾つも残されていた。虎刈りの頭に刻まれた血の筋を麻木はじっと見つめ、
しばらく何も考えられなかった。そこには悪意を持った誰かにカミソリを突き
付けられる恐怖が血の筋となって残っている。そんな気までしたからだ。
 そして、やはり、びしょ濡れの死体は茶色の粘着テープで後ろ手に縛られて
いて、今回は捜索時、既に強い血の臭いが辺りに立ちこめていた。


 居合わせた誰もが嫌な予感でいっぱいだった。遠慮したい気持ちに喉元まで
塞がれて、息苦しい。しかし、プロなのだ。誰かが引かねばならない。事実を
全て、知らなくてはならないのだ。そして、そのおぞましい貧乏くじは最年少
の田岡が引かざるを得なかった。
 彼はまず、恨めしそうに麻木を睨み、それから、ゆっくりと、まるで諦めを
付けるために必要な儀式であるかのようにため息を吐いた。ゆうに一呼吸分、
静止した後、それが叶ったのか、田岡はおもむろに死体の傍に屈んだ。
『じゃ、行きますよ』
そう呟いて、田岡はえいっとばかりに勢い良く死体を仰向かせて、慌てて飛び
下がった。そして。次の瞬間、一同は凍りついていた。
顔じゃない。
頭の表側にある、それだけだった。
 そこにあるもの、それは顔と呼ぶにはあまりに無惨な、肉だった。ただ後頭
部の反対側、首の上に、定位置にあると言うだけの顔。小型の金属製と思しき
ハンマーで犯人は何度も強く、望むまま殴打したのだろう。その一帯はめちゃ
くちゃに荒らされていた。粘着テープで塞がれた口の中は一本残らず歯が砕か
れ、皮膚は無惨に変色し、醜く膨れ上がって、所々、裂けていた。
 そして、そんな息子の死に顔を見た朝倉の母親は卒倒し、現在も入院生活を
送っている。
見たくないよな。
麻木は小さく呟いた。彼女達、残された両親にだけは、職を忘れた同情を禁じ
得ない。
オレにも息子がいる。だから、あんた達の気持ち、それだけはわかるよ。 

 

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