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だが。
あれがとどめなら、まだよかった。
麻木は弱く、やるせないため息を吐く。
あれが上限だったなら。
そうすれば、携わった者達も皆、まだ疲れたその夜には眠ることが出来たはず
だ。
オレだって、たまには眠れただろう。
 しかし、現状はどれほど疲れていても、深い眠りを貪ることなど望めない。
なぜなら。麻木は息を吐き、脳裏に居座る第四の死体を恨めしく思い返した。
そいつに比べれば、朝倉の死に顔にはまだ生前の面影があった。第四の死体は
つまり、もっと、もっと酷い状態だったのだ。


 十二月九日。豪田 司、三十二歳は中学校の教員用の駐車場で発見された。
降りしきる雨の中、前例達と同様、粘着テープで後ろ手に縛られたその死体を
見つけ、歩み寄った老人は豪田の死に顔をまともに見たために多大なショック
を受けた。その驚きが身体にダメージを与え、彼は持病を悪化させてしまった
らしく、先日、入院先で急死したのだ。因果関係がないとは言えないだろう。
 悪気のない老人の心臓を止めてしまうほど豪田の顔は破壊されていた。
開いた口が塞がらない。マンガじゃないんだぜ。
正直、辟易する状態だった。豪田の二つの眼球はえぐり出され、鼻と唇はそぎ
取られていた。
本当に酷い状態だった。
しかし、そこまでは過去に似たような例がなかったわけではない。ただ麻木達
が担当するこの区域ではなかった、それだけのことだ。だが、この一件にだけ
はそうした過去の前例以上に恐ろしいと感じさせる、際立った特徴があった。
それ故に麻木達はすっかり震え上がってしまったのだ。
だって、普通、しないだろ、そんなこと。
犯人は自らが切り取った鼻と唇を“持ち主だった”豪田のショルダーバックの
中にわざわざ押し込んだ。その上、何の意味があるのか、二つの眼球は未だ、
発見されていなかった。“二つ”は持ち去り、“二つ”は残す。それは自分が
手にかけた者に更なる鞭を打つがための行為なのか、まごつく警察を嘲笑うが
ための行為なのか。それとも、誰かに宛てたメッセージなのか。
いや、そもそも意味があるのか、否か。
何もわからない。

 麻木は白く煙る雨脚を見つめ、冷静でいたいと願った。本来、麻木には四つ
の死体の惨状におののく理由はない。四人はいずれも面識のない他人であり、
死体である以上、犯人の残した手掛かりに過ぎない。しかし、そう割り切って
いても、尚、麻木は苦しくてならなかった。
無関係じゃないんだ。
 もう一度、重いため息を吐き、麻木は雨に濡れて、まるで洗ったかのように
光る自分の手を見つめてみた。この浅黒い、無骨な手で育てた子供は一人しか
いない。
あいつだけ。
あいつしか、いないんだ。 

 

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