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 麻木はようやく玲子の言葉を理解し得た。一目見れば、わかる。まさにその
通りだったのだ。驚きで身体を硬直させたまま、絶句して、何も考えることが
出来ない。だが、二人が兄弟なのだとしても、これほどまで似ているなどとは
通常、有り得ないことなのではないか? 
双子でもないのに。
麻木を突き飛ばした男はそのまま、開いたパネルから上へ進んだようだ。取り
残された猫は幾分、安心した様子で主人の手先を舐めたり、肘を押してみたり
と甲斐甲斐しく世話めいたことをしている。彼女はすぐにも主人を起こしたい
らしく、何度も同じ動作を繰り返すが、主人が目を覚ます兆しはなかった。
どこか打ったのか、それとも。
パピの、猫らしい動作を眺めている間に麻木もいくらかは冷静さを取り戻して
いた。
それは何だ? 
麻木は床に倒れた彼が何かを抱えていることに気付いた。倒れ込んだ様子から
察するにミーヤはそれを守ろうとしていたのだろう。自分の身が危ない緊急時
に一体、何を彼は持ち出して来たのか。麻木はミーヤの胸に抱えられた毛布に
包まれた何かを覗いてみた。クリーム色の柔らかそうなそれに包まれていたの
は未だ赤ん坊のような幼い子だった。楓しか育てたことがない以上、手持ちの
データは少ないが、それでも七、八ヶ月の赤ん坊とわかる。その子も固く目を
閉じていた。
 ドサリ、と音がして振り返ると、見慣れない男が天井から楓のベッドに飛び
降りて来たところだった。思わず身構える麻木に彼は軽く会釈した。
「失礼」
ベッドからひょいと降り、そう言った。その声に聞き覚えがある。麻木を突き
飛ばし、何者かを追ったあの男だ。安堵する麻木には構わず、彼はつかつかと
歩み寄り、屈んでミーヤの呼吸と脈とを確かめた。医者だ。そう思った。三十
半ば、いや、楓より一つか二つは年上だろうか。大柄だが、粗野な感じは微塵
もなく、育ちの良さそうな印象を受ける。彼は先ず、ミーヤの腕から赤ん坊を
抜き取り、その子をベッドの端に置いた。それから簡単にミーヤを抱え上げ、
同じようにベッドに横たえる。麻木はボンヤリと男の顔を見ていた。
誰かに似ている。
大きくくっきりとした目にも、ふっくらとした唇にも見覚えがある。その強い
美貌に心当たりがある。そう思うものの、彼が一体、誰に似ているのか、思い
付かず、麻木は困惑していた。
「島崎さん」
 駆けて来た足音は小岩井とその仲間達のものだった。彼らはその誰かに似た
男、島崎とミーヤを見、一様にホッとした表情を浮かべ、だが、麻木に気付く
なり、気まずいなどという程度ではない狼狽を見せた。
「今更、嘘を吐いたって仕方ないだろう。一目見れば、知れることだ」
島崎はすっぱりと言い放つ。
「でも、あの、別に麻木さんを騙すつもりでなくても、感じの悪いことは確か
ですし」
「下手な言い逃れなんてしない方が利口だ。この通りなんだ。一目でこっちの
事情だって、ついでに察してくれたことだろう。それより、侵入者は?」
「追いましたが、もう見つかりませんでした」
ションボリとした様子で小岩井は答えるが、島崎の方は予想していたようだ。
「気を落とすことはないさ。あいつは素人じゃない。下手な深追いをすれば、
こちらに犠牲が出るだけだ」
「はい。それで、ミーヤ様は?」
「眠っている。大して吸ってはいないようだから、大丈夫だろう。念のため、
検査はさせる」
「さようで」
 胸を撫で下ろす小岩井達の表情に麻木はさしたる関心を持てなかった。島崎
の放った言葉の中にこそ、聞き捨てならない一言を聞いたような気がしたから
だ。
「大して吸っていない、って? じゃあ、一体、何を吸ったと言うんだ?」
「申し訳ないが、答える義務はないと思います」
島崎は薄い笑みを浮かべたまま、即座に断った。
「オレも関わった。ここにいたんだからな。つまりはオレには質問する権利が
多少なりともあると思うがな」
「では、もし、あなたに問われたなら、答えなくてはならないと思われること
に関してはこちらから予め説明しましょう。見ての通り、ミーヤは楓さんの弟
です。父親が同一人物で、彼ら兄弟は祖母に似ている。つまり、楓さんは父親
似ではない。彼の父親はカホさんに似ていました。何しろ、二人は従兄妹同士
でしたからね」

 

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