いつ。どこで彼は変わったのだろう。ことの経緯はわからないが、それでも 何かが、どこかで切欠となり、楓は大人になったのかも知れない。そして父親 である自分だけが取り残されたのだ。おいてけぼりをくったような心地で麻木 は楓を見ていた。 「ヒャッホー。今日の楓は凄かった。いい。もうすっごくいい。悪魔かと思う くらい、いかしていた。後ろでギター弾きながら泣いたぜ、オレ」 麦田がうわずった声でそう叫ぶ。 「ありがとう」 「DVDが出たらオレ、十本買う。一本を毎日見て、九本は保存する。うちの 一本は永久保存版にするから。子や孫の代に残してやんなきゃな」 「近々、DVDが廃る日が来ると思うけどな。その内、規格外になりそうじゃ ない?」 「何で、こんな時にまで現実的なのかねぇ。可愛くないよ、おまえ」 麦田は嫌そうに楓を見やり、楓の方は笑ったままだ。 「だって、むぎちゃん、彩花ちゃんにメロメロじゃん? 絶対、DVDなんか 見ている暇、ないね」 「何を言う? 娘は本当に可愛いものなんだ。四人目にして初の女の子だから な。もう、百倍可愛い。そうだ、おまえも子供、作ればいい。どうせ、ちょい と暇になるんだろ?」 「考えとく。彩花ちゃんはちはるちゃんに似て、良かったね」 「ガキャ、終いに小突くぞ」 楓は楽しそうな笑い声を上げたものの、それ以上は相手にせず、さっさと自分 の控え室に戻って行く。この後、彼らは最後の打ち上げだ。今井があんな形で 死んだ直後だが、玲子はにぎやかに飲み会をしろと命じたらしい。彼女らしい 意地とも、我が子への追悼とも言える気遣いだろう。 さすがに大物だ。 麻木は楓に立ち去られた後にすら、そんな意地を張る自信はなかった。 「さすがだったわね」 玲子はさも感心したように言う。彼女に誘われて、麻木は会場近くのラウンジ にいた。カクテルを飲む彼女はやはり、紫色の石が嵌め込まれた指輪を付けて いる。紫。小松時計店から奪われた時計も、そんな色の台に嵌め込まれていた のだろうか。今更、考えても仕方のないことかも知れないが。麻木は振り切る ように敢えて、話題を変えた。 「やっぱり兄弟だったよ」 「そりゃそうでしょう。似ているどころか、すっかり同じだもの。性格は違う ところがあるようだけど」 「どう違う?」 「会ったんじゃないの?」 「顔を見ただけだ。他の人が兄弟だと教えてくれた」 「そうなの。彼の家は複雑らしいわね。母親が彼を連れて結婚したんで、余計 にややこしいことになっているみたい」 玲子は小さく息を吐いた。 「そうね。あいつの性格はいただけないけど、育った環境を思えば仕方がない のかもね。その点、楓は幸せよ。父親がいて、伯父夫婦がいて、友達もいる。 だから顔は同じようなものなのに、性格は違うんだわ」 玲子は店主が彼女の指輪に合わせて作ったカクテルを飲み干し、同じものを、 そう声を掛けて、再び麻木へ向き直った。 「楓はのんきで、お金に頓着しない。それって、お金なんかなくたって、自分 は恵まれているって実感が、自信があるからだと思うの。それがない斎藤の方 は哀しい拝金主義者だわ。お金のために生きている。いっそお金がないと窒息 してしまう身体が欲しいって言ったくらいのね」 麻木は島崎が運び出す際の眠ったままのミーヤは見ていた。楓とそっくり、 同じ顔だった。穏やかで整った綺麗な顔だ。ただ、その髪は楓とは異なった。 以前、真夜気が言った通り、非常に美しい髪だった。抱え上げられる時、彼の 髪もまた身体に付いて行くべく揺れたのだが、その煌めきは髪そのものが特別 な生命体ででもあるかのように大きく揺れて、主張したようだった。只者では ないのだと。 「そんな人間には見えなかったが。実証的な理念じゃないのかも知れないが、 髪とか、肌にはその人間の生活とか、色々なものが出るって言うじゃないか。 とても荒んだ人間には見えなかった」 麻木の目には今もその煌めきが残像として、焼き付いているほどだ。 「そうね。あの子は綺麗よね。でも、それくらい複雑な生い立ちで、そうなる ほど痛めつけられて来た人生だったってことでしょ」 玲子はあっさりと分析して見せる。彼女が言うとそれが真実のようにすんなり 頭に入って来る。不思議なものだ。そう思った。 |