麻木にはそれが第一に不思議でそのために一つ、首を捻った。それからやや あって彼女のセリフの中から疑問を見つけ出す。 「待ってくれ。金がないと窒息する身体が云々って、どういう意味だ?」 「死にたくない一心で頑張れるってことじゃないかしら。それなら他のことは 何も考えなくていいもの。窒息はなかなか恐ろしい死に方の一つだわ。つまり は結局、お金に執着する自分に罪悪感とか、恥ずかしさとかやましさを感じて いるのかもね。そんな負の気持ちがなかったら、楽しく拝金主義者でいられる はずでしょ? 何せ、稼げるんだから、楽しく使えばいい話なんだもの」 玲子があたかもミーヤについて何でも知っているかのように話すのは彼女が 生来、持ち合わせた癖なのか、それとも実際、ミーヤについて詳しいからなの か。年齢の差もある二人がさほど親しいとは思えず、麻木は尋ねてみる。理由 はわからないが、彼女には割合、質問もし易かった。 「あんたは彼とそんな話をするほどの付き合いをしていたのかね」 「わたしは悪いこともして来たと、言ったはずよ」 玲子は苦笑いを返して来た。 「会社のためになるんなら、誰とだって付き合う。まして吉川ほどの大物なら 喜んで食い付くわ。吉川に近付くチャンスが欲しかったし、彼と親しくなれる んなら正直、何でもする覚悟だった。そんな時に現れたのが斎藤なの。斉藤の 話さえすれば、吉川は御機嫌になったし、彼は素晴らしく呑み込みの良い子で ね、あの悪名高い因業爺さんの機嫌を取れるのよ。大人のわたしが吉川の機嫌 を損ねて真っ青になった時、高校生だった彼が取りなしてくれたくらい」 玲子は自分が思い出した光景がおかしかったらしく、しばらく一人でクスクス と笑っていた。 「敵わないわよね。大人が一所懸命、血相変えて頑張っているのに、子供の方 が手慣れたあしらいするなんて。あれは天賦の才ってものかも知れないわね。 本当に優しくて、親切で言っているようにしか聞こえないんだから」 玲子はため息を洩らした。 「わたしだって、必死でやって来たの。誰が見てもわかるくらいの、一人前に なりたかった。女だからって馬鹿にしていた父親を見返したかった。そのため なら何だって平気だった。安いタレントが売れるんなら、どんな形でも売って 蓄財して、それで本物だって育てて来た。健一にわたしと同じやり方が出来る とは思っていなかったけど」 うっかり息子の名を口にし、彼女は後悔したようだ。自分の口を塞ぐように 新しいカクテルを口に運んだ。 「話は戻るけど」 「ああ」 「当時、斎藤と顔を合わせる機会はよくあったの。彼に繋いで貰えば、どんな 話もスムーズだった。当然、わたし以外にも彼に取りなして貰っている大人は いたんだと思うけど、わたしは斎藤に気に入られていたクチかも知れないわ。 あの子、年齢よりずっと大人な分、性格的には女っぽかったのかもね。わたし とは大した抵抗も、気兼ねもなく、気楽に話が出来たみたい。吉川、その偏屈 爺さんね、彼はとにかく斉藤にべた惚れだったの。だって、高校生の頃の彼と 言ったらもう、どこにもいないような美しさだった。今は楓とそっくりだけど ね、昔は大して似ていなかったわ。歳を取るにつれて似て来たみたい。当時は ちょっと君、タレントにでもなってみないかって、勧誘なんて出来ないくらい の、そうね、神々しい美貌だったから」 玲子は恐らく事実しか話していないだろう、彼女を信じるものの、何となく 釈然としないものが胸に残る。話の内容と斎藤の年齢がどうしてもそぐわない のだ。金の話と高校生という年齢が噛み合わなかった。高校生が偏屈な年寄り の側にいるだけでも違和感があるというのに。 「高校生って?」 「あら」 玲子はようやく麻木の疑問が理解出来たらしく、苦笑し、それから改めて説明 を加えてくれた。 「彼の決断は十七歳の時だったのよ。十七歳に金額を提示して口説く爺さんも いかれているけど、承知した十七歳だって相当なものよね」 麻木は絶句し、それから既に亡い老人に怒りを覚えた。大人が子供相手に持ち 掛ける話ではない。彼が刺されて死んだのもある意味、天罰だったのではない か。刑事であったにも関わらず、そんなことまで思った。 |