ミーヤが楓と生き写しの姿をしているだけに尚更のこと、腹が立つ。麻木に は到底、沸々と内から噴き上がって来る憤りを抑えることが出来なかった。 「承知したから一体、何だって言うんだ。そんなの、子供だからだ。判断能力 がないからじゃないか。ものの善悪のわからない子供相手に許されることか」 「わたしに怒ったって取り返しなんかつかないわよ」 玲子は不満そうに唇を尖らせて見せる。それは尤もな話だ。 「ああ、すまん」 クスリと玲子は苦笑いする。彼女には麻木が扱い易く思えるのだろう。 「子供には違いなかった。でも、あれは特別、頭の良い子供だった。騙された り、脅かされたりの一般的な被害者とは違うと思うわ。対等以上の立場だった もの。吉川は何でも、そうね、普通、子供に教えないことまで教えていたし、 それを丸呑みにして消化して、実践出来る頭がある子だったから、吉川の溺愛 ぶりって言ったら凄かった。吉川にとってはやっと見つけた話し相手だったの かも知れないわね。彼は満足そうだった。さすがに母親の再婚相手、義理の父 親にばれて、強制的に引き離されたんだけど」 「当然だろうな」 「良い意味じゃないわよ」 「では、どういう意味だ?」 「義理の父親だって、どうかしていたのよ。斉藤は頭の病院に押し込められた んだから。おかしくもないのにね。結局、それで本当におかしくなっちゃった んだわ。おまけにようやく出て来てみたら、吉川は通り魔にやられてしまった わけだし」 ミーヤのまともな神経を時折、奪う過去とはそれなのだろうか。玲子の口調 にはミーヤへの決定的な反感だとか憎悪は感じられない。猫が必死で守ろうと する主人なのだ。十七歳の決断を彼の性根とは非難出来ないのかも知れない。 「この頃、見かけないから、どうしたのかなって気にはなっていたの。でも、 わたしが消息を尋ね回るのも変だし。健一と違って商才があって、手広く商売 もしているから日本にいなくたって、おかしくはないかって」 玲子はまた失敗してしまったようだ。苦虫を噛み潰したような、不快げな顔。 彼女は自分の度重なる失敗が悔しいのだ。どう足掻いても彼女の出来の悪い、 しかし、愛しい息子は帰って来ない。帰ることなど出来ない。それならいっそ のこと、二度とその名を口にしないことが彼女には賢明な打開策に思えるよう だった。そして、それが息子を奪った犯人達へのささやかな報復のつもりなの かも知れない。さもダメージは受けていないのだと演ずることが、彼女の意地 なのだ。 玲子の気持ちはわからなくもない。だが、それは余りに難しいことだと麻木 は考える。強い、やり手の女社長は例え、残された他の息子達にさえ、弱音を 吐けないに違いなかった。彼女一人で背負うにはあまりに重い荷物だ。ほんの 束の間でも忘れることが出来たら、どんなに玲子にとって良いことだろうか。 麻木は胸の奥で小さく意を決し、言った。 「もう、そろそろ行ってもいい頃じゃないか?」 玲子は腕時計に目をやった。彼女に似合う金のフレームだけのシンプルな代物 だ。紫色の石の嵌め込まれた指輪だけが彼女に似合っていなかった。 「そうね。もういい頃かしらね。でも。わたしが行って、座がしらけやしない かしら。あなた、一人で行った方がいいんじゃなくて?」 「もう、皆、とっくに酔っぱらっている。そんな所に一人、二人増えたって、 誰も気付きゃしないさ」 麻木の軽口に玲子は小さな、しかし、明るい笑い声を上げた。 「口の減らない人なのね」 「嫌かね?」 「まさか。人は良いに越したことはないけれど、口は悪い方が楽しいわ。退屈 しないもの」 彼女はまさにその典型だろう。麻木はあくの強い玲子が嫌いではなかった。 二人は窓の外の雨が当分、やみそうにもないことを目で見て確かめ、それでも 大して気にせずに席を立った。二次会の場所は聞いている。そこに合流すべく 二人は並び、連れ立って店を出た。 |