目的のドアの前で玲子と麻木が足を止め、顔を見合わせて、苦笑いするほど 店内は賑やかだった。麻木を見付けるなり、麦田が大声を上げて、手を振って 見せる。 「おじさん、こっち、こっち」 その場には田岡と妹のるみもいて、兄妹はニコニコと楽しげだ。麻木は玲子と 共にその席に向かいながら、キョロキョロと辺りを見回す。当然、いるはずの 顔が見当たらなかった。 「楓は?」 麦田は屈託ない様子で答えた。 「デート。ちょっと抜けて来るって、さっき出て行ったよ」 楓がデート? 「そんな、おじさん、鳩が豆鉄砲食ったような顔することじゃないでしょ」 「むぎさん、それ、ちょっと表現が古すぎ」 「そうかぁ」 「今時、使わないでしょ、それは、ちょっと」 「もしや、古典化? リアルじゃないのか?」 「まぁ、残念ながら」 麦田と田岡は一体、いつから、こんな会話をするほど親しくなったのだろう。 いや、そんなことより。楓が一人きりになったことの方がよほど重大事だ。 「どこへ行った?」 「どこって、デートに行くって言われて行き先、聞けないよ。子供じゃないん だから」 「誰とだ?」 麦田は血相を変え、質問を繰り出す麻木に閉口したように渋々、答える。 「大学の時、付き合っていた人だよ。先輩って呼んでいた。昨日も一緒に食事 に出掛けていたから、ああ、彼女なんだなって」 先輩。 間北 恵留だ。彼女は生きていた。失踪も死亡もしていなかった。ならば、楓 の話通り、ただアメリカに行っていただけなのだろう。果報には違いないが、 麻木は酷く不合理な事実を突き付けられたような心地がしてならなかった。廉 は三人とも死んだと言ったのだ。三人。内の二人は交通事故死していると廉は 言った。それは事実だろう。しかし、もう一人の間北はアメリカに居を移した だけだった。それをなぜ、廉は失踪と受け取ったのか。 楓に直に間北を紹介されたわけでもない。連れ立って歩く二人と擦れ違った ことがあるに過ぎない廉がなぜ、楓と別れた後、間北が東京から消えたことを 知ったのか。失踪と勘違いするからには彼女が一日、二日ではない相応の長い 期間、東京にいなかったことを知っていなくてはならない。しかし、紹介すら されていない廉がどうやって、彼女の長期の留守を知ったのか。なぜ、間北が 失踪したと思い込み、それどころか、もう死んでいると決め付けたのか。廉は 確信していた。事実と思い込んでいた。廉は間北 恵留は死んだと決め込んで いたのだ。 なぜだ? 一体、何を根拠に? 「おやじさん。あの、今、機嫌、悪いっすか?」 田岡が恐る恐ると言う顔で声を掛けて来た。自分は今、思い詰め、相当、陰気 な顔をしているのだろう。そうでなければ、あの大胆で怖いもの知らずな田岡 が麻木相手に遠慮するはずがない。 「よっぽど大切な考え事、しているみたいね」 隣の玲子が代わって答えてくれた。彼女は田岡が麻木と話したそうにしている 理由を知っているようだった。 「せっかくの良いお話なんだから、機嫌の良い時になさいな。喜んで貰えない ことには話す意味が薄れるでしょ」 「そうっすね」 田岡は玲子を知っているのだろうか。随分とあっさり彼女の言うことを聞き 入れる。まち子へ見せたような世辞入りの調子の良さはなく。もっと地に足が ついているような。まるで身内か、関係者のような感じがある。そう言えば、 そんな一体感がこの店内には漂っている。何せ、楓本人がいないだけで、ここ に集うのは全て、楓の関係者だ。麻木は田岡とるみを見た。兄妹は嬉しげで、 その感情を隠してもいない。確か、妹は言ったはずだ。兄の夢が叶った、と。 「まさか、おまえの転職って、この人の会社に入ったのか?」 「はい」 田岡のイメージからは想像もつかないような、元気の良さで即答される。傍ら で見守る玲子は微笑んだ。 「本当に歌えるんだからビックリよね。楓には是非、スカウトになって欲しい ものだわ、うちの専属で」 |