結局、息子の今井 健一と待ち合わせをしたその店で麻木は残された母親と 向き合って座り、コーヒーを飲むことになった。玲子は息子を失った直後にも 関わらず、他の四人の被害者の母親達のように取り乱してはいなかった。彼女 は極めて、落ち着いている。いや、そう見える。だが、麻木にはそれが不思議 でならなかった。 「案外、美味しいわね、ここのコーヒー。店構えはつまんないけど」 玲子はカップをテーブルに戻すと、そう言った。 「おかしいかしら、息子が死んだ直後にコーヒーを楽しむ母親だなんて」 玲子は麻木の不審を読み取ったらしく、自分からそう切り出した。 「珍しいとは思うが」 「そうね、少数派ではあるわね」 彼女はケロリとした様子で頷いた。 「でも、あんなにまで泣き喚くっていうのも、正気じゃないとは思うわね」 「誰のことだ?」 「あの四人の母親、皆よ。全て、演技だとは言わないけれど、子供を奪われた かわいそうな母親って、シチュエーションに酔い痴れていたんだと思うわ」 「人目があるから泣いていたと?」 「よくおわかりね。さすがに麻木 楓の父親なだけのことはある」 彼女は褒めているつもりなのだろうか。 「あなたの息子は利口だわ。明日、彼のラストコンサートは凄いものになる。 長く客の記憶に残るものになるでしょう」 麻木は髪の色を元に戻した楓を思い返す。あの時、無残な光景を目の当たりに した楓は衝撃を受けていた。呆然と立ち尽くす様子は当たり前の反応だった。 しかし、それでも楓は仕事をこなしていた。テレビで歌っている楓を見たが、 平常にしか見えない落ち着きようだった。心に受けたショックを一切、仕事に は持ち込まない。その様にはプロのあり方を見るような感銘すら覚えた。 オレと違って、あいつには覚悟があった。仕事を全うしようと頑張っていた。 「あなたが責任を感じるようなことじゃなくてよ」 玲子の声に麻木はふと、我に返る。 「どういう意味だ?」 「だって、いつの世にも頭のおかしな殺人鬼と哀れな犠牲者は一セットで存在 するものでしょう?」 麻木は慄き、いっそ、馬鹿正直に尋ねてみようと思い立つ。 「あんた。悲しくはないのかね」 「健一で済んで良かった、ってところかしらね。まさか、人生で二度も息子を 殺されるなんてことはないでしょう。つまり、わたしはもう二度と、殺人鬼に 我が子を奪われることはない。そんな心配はいらなくなったのよ。だったら、 安泰じゃないの。大体、これが他の子のことだったら、わたしだって、こんな 所でのんびり、コーヒーなんか飲んじゃいないわよ、泣き喚くのに忙しくて」 「何を基準に、今井で、健一君で済んで良かったと?」 「出来」 にべもない。 「出来の良し悪しの問題じゃないだろう」 「選べるものなら選ぶわよ、誰だって! わたしは正直なだけ。綺麗事なんて 言ったって仕方がない。今更、取り返すことなんて出来っこないんだから」 玲子はきっぱりと言い放つ。しかし、そう言われても麻木には賛成も、反対も 出来なかった。麻木には子が一人しかいない。当然、そんな選択をしなければ ならない場面を想像したこともなかった。もし、子が複数いたなら。その親は 一度くらい、想像してみるものなのだろうか? どちらか一人を選ぶ自分を。 だが。何を理由に? もし、カホが、せめて、もう二年だけでも生きていて、オレの子がいたら。 その時、麻木は選択したのだろうか。実際に血を分けた実子と楓を比べ、自分 はそのどちらを選ぶのか? 一概に実子とは言い切れない。現に兄夫婦は実子 より甥を愛している。玲子は麻木の苦悩を眺めていたようだ。 「あなたが思い悩む種類のことじゃないわ、麻木さん」 「どういう意味だ?」 「わたしは恨まれている。ちゃんと自覚しているもの。正直言えば、ここまで 登り詰めるためには人身売買寸前のことだってした。後ろに手が回らない程度 のことなら何でもしたのよ。恨まれてたって、それは当然でしょう。でもね、 誰かがわたしを憎んでいて、それで遠回りにも息子の健一の事務所を潰すって いうのなら直接、唯一のドル箱、楓を殺す。それが普通のやり方だと思うの」 普通。いけしゃあしゃあと。麻木は玲子の気の強さに絶句した。 「それで、もし、経済的な打撃くらいでは報復した気にもなれないとそいつが 思うのなら、わたしを絶望させることが目的なら健一ではなく上の子か、下の 子を殺したはずだわ。上の子はわたしに似て頭が良く、下の子はわたしに似て ハンサムだから」 |