久しぶりに再会した二人であれば、その当日くらいは一緒に食事をするかも 知れない。だが、連日、一緒にいるとはどうも信じ難かった。楓が昔、自分を ふった女に変わらぬ執着を持っているとは思えないし、間北自身、ふった男に 再び執心する女だとは思えない。何しろ、あの楓をすっぱりふった女だ。彼女 のあの気の強そうな目を思うと、自分がふった男を惜しくなったからと、もう 一度、よりを戻すべく寄って来るほど小賢しいとも、器用とも思えない。彼女 は恐らく、別れた男が生きようが死のうが一向に気に留めないタイプだ。その 間北と執着心のない楓が連日、一緒に食事になど出掛けるものだろうか。 どういうことだ? 呼び出し音にハッとする。電話だ。下の警備員室からだ。麻木は弾かれたよう に飛び上がり、駆け寄って壁掛けの受話器を取ると小岩井だった。 「先程、楓さん宛てにお電話があったのですが」 「誰から?」 「お名前は言いたくないと仰ったので、伺っておりませんが。女の方でした。 三十代の、未だお若そうな。それで宿泊先のお電話番号だけ伺ったのですが、 それでよかったのかと心配になりまして。ホテルの名前だけで楓さんには十分 だと仰せでしたので」 名乗りたくない女。間北 恵留だ。麻木はそう直感した。しかし、楓と一緒に 食事に出掛けているはずの女がなぜ、今頃、楓のいない部屋に電話して来るの だろう。 「その電話、いつ、掛かった?」 「一時間ほど前かと存知ます」 一時間前なら、間違いなく二人は一緒にいるはずだった。共に食事を楽しんで いるはずの相手から、その留守宅に電話が掛かる。それはつまり、楓が間北 恵留と一緒に出掛けていなかったことを示している。自分の最終公演の成功を 祝う席を立ってまで、楓は一人、どこへ出向いたのか? 麻木は自分の背中が 既に冷たい、嫌な汗に濡れていることに気付いていた。今、感じているもの、 それは恐怖に他ならない。一刻も早く。 「その電話番号、教えてくれ」 麻木には窓の外に今、雨に滲んだあの黄色い光が点滅する様が見えていた。 ・・・ 間北 恵留は変わっていないようにも見えた。十四年ぶりだと言うのにその 女は同じ目をしている。ただ、さすがに大人にもなったのか、今度は愛想笑い も見せてくれ、緩やかに笑うと少しばかり、顎の辺りが丸くなったと気付く。 そしてその肉の分だけ、彼女は柔らかくなったような気がした。 「日本は久しぶりなのかね」 「ええ。正味、五年ぶりかしら。楓には三年ぶりに会いました」 「三年ぶり?」 間北は頷く。ロビーに他に人影はなかった。ここでも、やはり窓の外には雨が 降りしきっている。 「彼はミュージシャンだから、海外へ出るでしょ。そこでバッタリということ が何度かあって。それで連絡先も知っていたんです」 「なかなか凄い偶然もあるもんなんだな」 「ええ。でも、付き合っていたことがあるくらいですもの。縁はありますよ。 その他大勢のファンの皆さんには悪いけど。それで思い付いて久しぶりに電話 を掛けたら、引退すると言われて。それなら一度、コンサートを見ておくべき かと思って、それで帰国したんですよ、わざわざね」 彼女は揶揄するように苦笑いした。 「別に気があるわけでもないくせに、相変わらず優しい子でしたわ」 彼女には未だ楓は二十歳かそこらの男の子に見えるらしい。 「何で、別れたんだね」 間北は悪びれた様子は見せなかった。 「わたしのせいですよ。わたしは自分には絶対の自信があるタイプだし、自分 がしたことに後悔なんかしたことは後にも先にもあれっきり。楓をふったこと くらい。後悔って言うのも、おかしいか」 |