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「そうね、わたしって、本当は馬鹿なのかも知れないなって、人生で初めて、
自分を疑ったって言うか。そんなこと、もう二度と有り得ない。それくらい、
楓は良い子でしたよ。背が高くてハンサムで、とびっきり頭が良くて、しかも
わたしに惚れているの。漫画みたい」
そう言って、間北はくすくすと笑った。
「自分でふっといて、何でわたしはこんな勿体無いことをしているんだろう、
って自問したこともありました」
「一体、何でだったんだね」
彼女は真っ直ぐに麻木を見据えた。
「男だから。わたしは女の方が好きなんです」
麻木の返答に困った顔を見て、間北は微笑んだ。
「これくらいは個性の範疇でしょう? 悪いことはしていません。親は泣いて
いるのかも知れないけれど。でも、社会や他人に迷惑は掛けていない。税金は
納めているし。それに正直言えば、楓にはもう一つ、理由を言いました」
「もう一つ?」
間北は頷いた。
「自分でもおかしいと思うんです。だけど、それでもわたし、楓には禍々しい
ものを感じてならなかった。あんなに良い子なのに、完璧だと知っているのに
一緒にいると、この子とずっと一緒にいるとわたしの方が先に死ぬ目に遭う、
ろくな死に方出来ないって、そんなふうに思えてならなかった」
彼女は悪ふざけしているようには見えなかった。大真面目な顔でそう言った。
「むろん、こんなこと、実の父親に言うようなことではないと知っています。
でも、本当に感じたことなんです。どうしてなのかしら。とても不思議だわ。
わたしがおかしいだけなのかも知れないけれど」
「あながちピント外れとも言えない。あの子には確かに不可解なところがある
から」
間北は微笑んだ。自分が慰められたと感じたようだった。
「楓がパパッ子なのも、仕方ないのね。優しいお父さんで羨ましい。五年前に
会った時にはわたしに一方的にふられた後遺症みたいなものがあって、新しい
恋が出来ないのかなって感じがあったけど、今回は元気だったから安心したん
です。これでわたし、お父さんにも恨まれずに済みますね」
「元気だったかね」
「ええ。彼女がちょっとわたしに似ていることが不満だって笑っていました。
猫顔が好きな血統なのかも知れないって。人間って、つくづく自分と違うもの
を求めますよね」
「彼女の名は聞いていないかね」
麻木の期待を感じ取ったのか、間北は申し訳なさそうな顔をした。
「あいにく。わたしは自分が名乗らないから、他人の名前も聞かないんです。
まさか、わたしほどとんちんかんな名前ではないでしょうけど」
「いいや。あんたの名前も良い名前だよ。隠すようなもんじゃない。親が一所
懸命、知恵を絞って考えたって感じがあるじゃないか」
間北は一層、柔らかい顔つきになり、微笑んだ。
「ありがとう。楓は幸せ者だと思います」
それは、十分に可愛らしい笑顔だった。
・・・
 まんじりともしないまま、麻木は朝を迎えた。雨は上がっていた。楓の部屋
のカーテンを開け放ち、陽光を招き入れる。そうすることで今、自分の周囲に
立ち込めて居座る邪気を少しだけでも払いたかった。楓からは依然、何の連絡
もない。仲間達から離れて、一体、どこへ何をするために楓は出掛けたのか。
麻木が心配していることくらい、百も承知のはずだ。それなのになぜ、たった
一言告げずに出掛け、今も連絡がないままなのか。さらわれてしまったと思う
のは当然のことなのではないか。朝の光の眩しさに目が慣れた頃、麻木は思い
立った。そっくり同じ顔の人間が現れた時、もう一人が消えたのだ。その因縁
めいた何かを無視することは出来なかった。

 

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