今ばかりは楓の失踪癖とやらにも構っていられない。旅先での短い、気まま な暇潰しと現実の失踪とを比べるわけにはいかなかった。 「まるっきり趣旨が違う話だろう。それにおまえの言うことは百パーセントは 信用出来ない」 「どういう意味? 軽薄だって責めてんの?」 「いいや。おまえは嘘を吐く。第一に小鷺と知り合いだったじゃないか。それ も大層な仲良しだ。同じジムに通うお仲間だ。ジムとプールで違う話のように 聞こえていたが、中身はまんま同じだったじゃないか」 調べてみれば、二人は同じジムに同じ曜日に通っていた。筋肉トレーニングと 水泳でコースは異なるものの、館内は自由に行き来出来る。つまりは五年間、 週二回、欠かさず、定期的に会っていたに等しかった。九鬼は苦笑いした。 「例え、友達だったとしても、あんたに申告しなくちゃ、まずいわけ? どこ にそんな決まりがあんの? 聞いたこともないね」 「おまえは斎藤も知っているよな」 九鬼は黙った。九鬼ほど敏感な男がすぐに返事が出来ないはずはない。やはり 九鬼は斎藤、ミーヤを知っていたのだ。 「楓と兄弟だとも知っていた。だから、荘六で髪を黒く染め戻した楓を見て、 仰天したんだ。義弟と、ミーヤとそっくり同じだったから」 麻木は荘六で髪を染め直した楓を見る九鬼と小鷺の驚愕の表情を思い出す。 あれは尋常な驚きようではなかった。見慣れた、こんなものと思っていた程度 とはレベルの違う兄弟の相似に度肝を抜かれたのだろう。今、思えば。九鬼は 煙草に火を点けた。彼にはその短い時間がどうしても必要だったようだ。一息 の後、九鬼は落ち着いた調子で話し始めた。 「オレは楓には興味がない。最初っから何の興味もなかった。だって。オレが 好きなのはミステリアスな、妖怪のミーヤだ。つまりさ、オレは楓には無害な 存在なんだよ。小鷺も同じだと思うけどね」 九鬼は余裕を取り戻し、麻木を見上げる小ぶりな身体に不安は見えなくなって いた。自分には非がないと言いたげに麻木を見やった。 「楓の義弟が好きだからって、非難されなきゃいけないことなわけ? 親兄弟 にだって、文句を言われることじゃないだろう、大人なんだからさ」 「オレもお宅の家族会議に加わる気はないよ。オレが言いたいことは唯一つ。 楓が戻らないんだ。連絡もない。心当たりはないか」 九鬼は一瞬、目を止めた。動かない目が何を躊躇したのか。楓の失踪は九鬼に も予期しないことではあったらしい。 「オレはあいつの子守りじゃない、知るはずがないだろう」 「嘘を吐く人間から疑うのは捜査の初歩だ。おまえは斎藤と楓が兄弟と知って いながら何も言わなかった。小鷺とは旧知の仲でありながら、親しくないふり までした。疑わしい要素は幾らでもある。本当のことを言ってくれ」 「オレは何も知らない。オレが何をしたって言いたいんだ?」 九鬼は声を荒げた。しらばっくれようとする犯人の挙動に似ても見える。そう 思った。九鬼は楓のためには何もしない。そんなことはわかっている。だが、 ミーヤのためなら、どうだろう。楓とミーヤが異常なほど似ていること、それ が鍵なのではないか。そう。二人は犬猫の兄弟のようにそっくりだ。双子では ない兄弟がコピーのように似ている、それ自体が既に有り得ないことなのだ。 麻木の手持ちの鍵はどれ一つとして、犯人へと直接、繋がる扉を開くもので はない。だったら、ミーヤという鍵はどうなのか。麻木は使ったことのない、 半ば、拾った鍵を使うことに決めた。 「斎藤をさらおうとしたのは、おまえか?」 九鬼は聞いた麻木が驚くほど、目を見開いた。 「え?」 |