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「こちらさんの親父さんはまともな一般人じゃないってことをうっかり、失念
するところだった。あんなに協力的な親なら、オレだって欲しいくらいだ」
「つまり、薬を提供しているって程度じゃないんだな」
「御推察の通りですよ。場所も借り受けています」
「小鷺製薬第一研究所内なら、安全圏もいいところだよな」
九鬼の揶揄するような言い方に小鷺は笑った。
「そりゃあ、あそこなら絶対に警察は入れませんからね」
いくら知恵を絞ってみても、犯行現場の特定には至らなかったはずだ。麻木は
田岡の言葉を思い出す。死体は拉致されて三日は経過しなければ、用済みにも
関わらず、廃棄されなかった。それにもきっと、小鷺製薬絡みの御都合がある
はずだ。ならば。司法解剖の結果が出た直後、突然、捜査が手詰まり状態へと
一変したことにもきっと、同様の意味があるに違いない。
「あの催眠ガス、小鷺製薬のものだとして、だ。精査すれば、小鷺製薬の製品
と断定することが出来るのか?」
「ええ。特定が出来ます。うちの大ヒット商品ですよ。セカンドスリープって
愛称が付いているんです。吸って、三日程度で痕跡はほとんどゼロになるんで
すよ。ただ、血液中には多少、残ることもあって。青田の場合はそれでした。
ま、おかげで警察が気付いて弱腰になってくれたんで、その後は楽で良かった
けど」
「おまえの方が喋り過ぎなんじゃないのかな、小鷺君。オレにはあんな文句、
言ったくせに」
「失礼。でも、一度は僕を疑ったでしょう。だったら、これくらいはいいじゃ
ない? さすがに話す時と場所がないもんだから。つい、ね」
「そうだよなぁ。大層、面白い話なのに吹聴は出来ないんだよなぁ」
二人に緊張は見えない。これから麻木一人、殺すくらいでは今更、心拍に変化
も来たさないらしい。
 麻木は一連の事件を追いながら気の振れた殺人鬼の正体や居場所を知りたい
と願い続けて来た。その願いは今、ようやく叶ったと言えるだろう。何人かの
内の三人と犯行現場はわかったのだ。だが、肝腎の楓の消息は未だ、知れない
ままだ。このまま死んだのではカホに合わせる顔がない。楓に真夜気のような
力があったとしても、特殊なガスで眠らされてしまえば何の意味もない。意識
がなければ、綺麗な肉の塊であって、何ら抵抗出来ないのだ。
今こそ、オレが守ってやらなきゃならないのに。
「じゃ、始末しておこうか」
 小鷺が雛人形のような、おっとりとした容姿に似合わないセリフを吐いた時
だった。突如、その声は響いた。ミャア。三人が三人、ギョッとして同じ方向
を見た。足元には白い猫。彼女は主人の脚にもたれて機嫌良さげだ。楓と同じ
顔だが、彼の方が二つか、三つ若く、髪が美しかった。服の趣味も良いのかも
知れない。麻木は瞬きするミーヤを初めて見た。これから殺されようかという
恐怖や楓への未練を束の間、忘れさせるほど美しい髪。その髪が似合う静かな
気配が彼の容姿には合っていた。
「ミーヤ」
どちらがそうため息を吐くように呼んだものか、麻木にはわからない。だが、
二人が怯んだのは間違いなかった。最も見られたくない人間に、最も間の悪い
ところを押さえられてしまったのだ。
「随分と大胆なんだね」
声までも楓に似ている。ミーヤは体調が悪そうだった。どうにか立っていると
いう様子だが、まさに人殺しを敢行しようとしていた二人を前にして、驚いた
様子も見せない。ただ、機嫌が悪そうに見えるだけだった。
「身体は大丈夫なのか?」
九鬼がそう尋ねる。彼のものとは思えないような、優しそうな、心配そうな声
で。
「大して吸っていないから。頭痛がするって程度」
「僕は、僕は無関係だからね」
小鷺が割って入る。何が何でも、一刻も早く弁解しておきたいのだろう。

 

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