「吉川が殺される三日前、僕は小鷺さんに会っている。彼が自ら、僕の入院先 を訪ねておいででね。何の話だったか、君に説明する必要はないよね。知って いるでしょう? だって、小鷺さんは自分は愛する息子、君のためにこんなに 頑張った、成果を上げて来たって息子本人に言わずにはいられない人だもの。 そして、その交渉が決裂したから吉川は殺される目に遭ってしまった。断った 僕を殺せば良かったのに」 ミーヤは目を伏せ、更に深く暗い顔になる。 「僕は絶対に君の願い通りには生きない。意地になってしまったってだけなの かも知れないけれど、それでも考えを変える気はない」 小鷺を見据え直したミーヤの決然として、強く光る目に麻木すら、圧倒される 思いだった。ミーヤの気持ちはもう誰が何と言っても、何年を費やしても全く 揺るぎそうにもなかった。つまり、小鷺にもとうとう諦めなくてはならない、 その時が来たのだ。吉川の刺殺事件に小鷺親子がどう絡んでいるのか、麻木に はわからない。しかし、ミーヤが言い掛かりをつけているとも思えなかった。 そのミーヤは部屋に戻って来た九鬼を見やった。 「ありがとう」 「いや」 ミーヤは大ぶりな封筒を受け取り、もう一度、小鷺を見た。 「大沢が今、やっていることには責任を負って貰うから、そのつもりでいて。 あの薬は君の家から出た物だし、薬と君へのアシストが交換条件になっている のなら、小鷺さんも放ってはおけない」 ミーヤの迷いのない断定口調に小鷺は威圧されてばかりいたわけでもないよう だ。小鷺は仕方なさそうにため息を吐いた。 「おまえはだいぶ疲れているようだ。いや。薬の後遺症が出て来ているのかも 知れない。そうだよな。セカンドスリープは即効性の強い薬だからな。寝惚け に近い後遺症が残りがちなんだよな」 「寝惚けてはいない。気がおかしいのは昔からだよ、何しろ」 ミーヤは自嘲するような表情を見せる。 「精神科医に匙を投げられた身なんだから」 ミーヤは小鷺の口車に乗る気はないようだ。いつものように言いくるめること が出来ず、次第に小鷺の機嫌は悪化して行く。麻木の存在はとうに忘れている だろうし、もう九鬼のことも忘れているのかも知れない。人が良いはずの小鷺 がようやく、その良く出来た品の良い雛人形のような仮面を取ろうとしている のだ。優しげだったはずの声も苛付いたものに変わっていた。 「そもそも大沢が一体、何をしたって言うんだ? おまえをさらおうとした、 それだけの話だろう? 大恩のある親父に頼まれれば、断れない。それだけの ことじゃないか」 「彼の部屋に行ったことがある?」 ミーヤは冷めた調子で尋ねて返す。いつまでも認めようとしない小鷺に焦れて 疲れてしまったような調子だった。恐らく従弟である真夜気と同じくミーヤも 聞き出すまでもなく、小鷺の中に押し隠された真実を見ているのだろう。ただ それを知らない小鷺はあくまでもミーヤを騙す気でいるし、そう出来るものと 信じている。それに付き合わされることがミーヤには歯痒く、辛くなっている のかも知れなかった。 「何を言い出すのかと思えば。大沢の部屋? 行ったことはないよ。招待して 貰ったことがないし、彼は土台、個人主義だしね。僕から見ても、所詮、使用 人の一人だし、プライベートな付き合いはない」 「いや。今年だけでも二度、三度は行っている。君、昔から大沢さんの部屋で 気味の悪い写真を見て過ごすの、好きだったものね。ごく最近も行ったよね。 九鬼さんが撮った写真が出来たって、見せに行ったんだ。その時、部屋にいた あの子、うちの親戚の子だよ。他人の子供を勝手に連れさらって自室で飼おう だなんて、そんな思い上がった真似は許さない」 小鷺は観念したのかも知れない。以後の関係を損なわないために下手に出る ことも辞めたようだ。彼は高飛車だった。 「だったら、何だって言うんだ?」 |