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 異様に澄んだ瞳に出くわして、麻木は面食らう。三十何年間も生きて、使い
続けているとは到底、信じ難い新品同様の瞳。冴えた光を放つ眼が麻木をじっ
と見ていた。その威力に麻木は束の間、呼吸さえ、忘れそうになった。眼底に
据え付けられた、まるで月光を閉じ込めたかのように禍々しいまでの光を放つ
二つの球体がそこにある。麻木はミーヤが異常なまでに人を惹きつける理由を
見たような気がした。そして、それは楓にも通じるものなのだろうか。根拠の
ない勘に過ぎないものの、確かにミーヤ自身が人を狂わせる何かを放っている
と感じられる。この目を前にすれば、人は狂ってしまうやも知れない。満月の
夜に人が秘めた欲求を我慢出来なくなるように、この目を見つめていたなら、
良識は色褪せてしまうに違いなかった。麻木がふと我に返ることが出来たのは
僥倖だ。何故か、いっそ、何者かの加護によって、麻木は惑わされそうな状態
から危うく自分に返ることが出来たのだ。その奇跡に感謝し、麻木は精一杯、
回らぬ舌で畳み掛ける。
「待ちなさい。あんたも今は気が立っているんだ。誘拐されそうになった直後
だ。当然だと思うよ。気持ちはわかるつもりだ。だがな、だからこそ、そんな
一時の感情で友達を危険にさらしちゃいけない。小鷺に非があるのなら、警察
に渡せばいい。法が罰してくれる、それに任せるべきだ」
ミーヤは静かに瞬いた。瞬く度にその小さな球体は生まれ変わったかのように
新たな光を纏う。麻木は自分を正気に繋ぎ止めているらしい何かに心底、感謝
したかった。その何かがなかったら、麻木とて、とても正気を保てなかったに
違いない。
「あなたは本気でそう仰っているのですか?」
「どういう意味だ?」
「御存知でしょうが、吉川は殺され、犯人は未だ逮捕されていません。もし、
あの時、逮捕されていたら。彼が人の子供を誘拐することも、連続殺人に荷担
することもなかったはずです」
「検挙率が低下していることは事実だ。だが、警察も最善は尽くしている」
「そうでしょうね。でも、少なくとも吉川の時には警察は遠慮しました。吉川
家が犯人が自分達の中にいると勘違いしたために。尤も、小鷺家が飼っている
男が実行犯とわかっても、手は出せなかったでしょうけど」
麻木は自分に勘違いがあってはならないことだと思い、聞き返した。
「大沢が実行犯だと?」
「どこにそんな証拠があるんだ? 言いがかりじゃないか」
窓辺で小鷺があらぬ方向を向いたまま、叫んだ。こちらを向くことも出来ない
のだろうか。
「匂いだよ。セカンドスリープの匂いが独特だったから、忘れられなかった。
当時のセカンドスリープは改良前のもので事件後、数日経っても、匂いは室内
に残ったままだった。今回、大沢が僕の部屋で使ったものも同じ匂いだった。
間違いなく同一のガス、小鷺製薬製のセカンドスリープだ。あれを国内、民間
で使用しているのは彼だけだ」
麻木は楓の寝室に立ちこめていた白いガスの匂いを思い出す。踏み込んだ時に
は大して感じなかったが、落ち着いて室内を眺めている間は確かに独特の匂い
がした。粉っぽい、嗅ぎ慣れない匂い。何の匂いと聞かれても、類似の匂いは
体験の中になかった。
「そんなに鼻が良いんなら警察犬にでもなればいい。だが、そんな戯言は証拠
にならない。おまえが恥かいて、それっきり。ジエンドさ」
小鷺のからかいにミーヤは初めて表情を固く凍らせた。
「そう。だったら、誰も警察には渡さない。直接、地面に叩きつけてあげる。
それなら、あの小鷺さんも悔いるだろう」
「おい。やめろ」
小鷺は悲鳴のような声を上げながらも、一層、窓へ、いや、その向こうへ身を
寄せて行く。麻木は今、握っているミーヤの肘を放すわけにはいかなかった。
だが、動きを封じても、きっと意味はない。彼の口を塞いだ方がいいのだろう
か? 理屈はわからないが、ミーヤの言葉通りに無意識に動いてしまうのなら
いっそ、こちらへ戻るように言わせた方がいいのではないか? 麻木がそんな
ことを考えた時、ミーヤは何かに気を取られたように小首を傾げた。

 

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