よく見れば、確かにミーヤはどこかを見ているようだが、その視線の先には 何もない。それでもミーヤはそこを凝視し続けていた。まるでエレベーターの 中であの日、楓が田岡の背後を見ていたと同じように。 「何を見ているんだ?」 「答えたくありません」 弱い声でそう言い、ミーヤは小鷺を見やった。 「もう、いいよ、マオちゃん」 たった一言でミーヤは小鷺を解き放ち、疲れた様子で呟いた。 「急がなくちゃ」 ミーヤは麻木を見た。楓と同じとも言える整った顔だが、楓よりずっと寂しい 顔だった。淡々とした楓よりもむしろ、ミーヤの方が人が好きなのではないか ? そんなことをふと、感じる。ようやく自由を取り戻した小鷺が振り返り、 声を荒げた。 「何の真似だよ? 大体、未だ何一つ、結論が出ていない。おまえ、僕に何を した? 本気で僕を自殺させるつもりだったのか? どうやって僕を操った? ちゃんとわかるように説明しろよ」 「別に君に早死にして欲しかったわけじゃない。ただ、反省して欲しかった」 「反省?」 「まいちゃんの命日にあんなことをして欲しくなかっただけ」 ミーヤの暗い声に小鷺はハッとしたようだった。まいの命日。まい。麻木の頭 にも鮮やかな黄色い花が蘇り、咲き乱れる。あの頃だったのではないか。今井 が連れさらわれたのは。 「ごめん。忘れていた」 小鷺は弱く吐き出す。彼の中から傲慢な、勝手な人間が消え失せたようにその 声はあまりにか細く、弱々しかった。 「そうだったな。僕はあのチューリップを見ていたのに、思い出せなかった。 黄色いチューリップはまいちゃんが一番、好きな、大事な花だったよな。棺の 中にもミーヤがいっぱい並べて、飾ってあげたんだ。そうだよな。まいちゃん のためじゃなかったらミーヤが、おまえが黄色い花なんかに触るわけがないよ な」 小鷺は自分に言い聞かせるように呟き続ける。 「ミーヤは黄色って色が嫌いなんだもんな」 力尽き、一息に憔悴した小鷺には当分、悪事を働くだけの気力は蘇りそうにも なかった。 「マオちゃんは何でも忘れられるね。幸せだよ、それは。いつでも新しい思い 出を詰める余地があるってことだから」 ミーヤは弱く呟いて、もう一度、麻木を見やった。 「そろそろ離して頂けますか。急いでいますので」 ああ。麻木は頷き、ずっと掴んでいたミーヤの肘を離した。疲れた様子だが、 それでもミーヤは寝てもいられないらしい。 「マオちゃん、この続きはまたにしよう。僕にももう少しくらい、余分な時間 はあるだろうから」 「ああ」 「それじゃ」 ミーヤは麻木に軽く会釈し、九鬼から受け取った封筒を手に出て行こうとして いる。麻木は慌てて、その後を追った。欲しいのは楓の消息だ。どこにいるの か、見当だけでも付けて欲しいのだ。彼らの一族が持つ、その力を持って。 「待ってくれ。楓の、楓の居場所がわかるなら、教えてくれないか」 ミーヤは青ざめて、石の人形のようにも見える顔で麻木を見つめる。 「真夜気があなたに告げたはずです。楓さんは被害者にはならないと。それで 十分だと思いますが」 「兄弟なら、あんただって心配なはずだ」 「あいにく、そんな余力はありません。忙しいんです。残り時間は少ないし、 やる事は山積みだから。せめて出来ることだけはして、いくらかでも安心して 死にたいんです」 「自殺でもする気なのか? 死に急いでどうするって言うんだ? 若い身空で 勿体無いじゃないか」 ミーヤは麻木が自殺という言葉を持ち出した理由を察したらしい。薄い笑みを 浮かべて、麻木の前に自分の左手首を差し出した。 「これのことですか。でも、これは自殺未遂の跡ではありませんよ」 「だったら、何の跡だ? ただ事じゃないだろう?」 「単なるゲームの跡です」 「ゲーム?」 「そう。二十三勝三敗の、三敗の内の一つ。罰ゲームの跡です。ルールだから 負けたら仕方ない。やらざるを得ないでしょ」 楓の手首でなくてよかったと思わず麻木が唸るほど、深い切り傷だ。ためらい 傷などない。まるで手首ごと、すっぱり切り落とすつもりで刃物を突き立てた としか思えない傷だった。 「死んだかも知れないんだぞ」 「むろん、覚悟はしていましたよ。僕も、先方もね」 ミーヤは淡々とした調子で、麻木をはぐらかす。 |