マンションは例のエレベーターの改修工事に入り、大騒動となっていた。楓 とミーヤの間柄を知っていて素知らぬふりを続けていた内の一人、小岩井にも 本当は一言くらい、言ってやりたいと思う。だが、彼は年長者として何処かを 走り回っている真っ最中なのだろう。蜂の巣を突いたような現場に小岩井の姿 はなかった。 それで良かったのかも知れない。麻木はそう考え直す。今思えば、彼が必死 になってミーヤに会うなと懇願したのも、二人が一目見れば、それだけで兄弟 と知れるほど、似ていたからに他ならない。現段階では二人が兄弟と確定した わけではない。だが、麻木は既に承知し、納得もしていた。あの日。真夜気に 連れられてミーヤの住まいを訪ねた日。彼の冷蔵庫の中を垣間見た時、二人の 内面は似ているはずだと思った。二人の性格の根底にある基礎のようなものが 酷似しているのではないかと考えたのだ。あの冷蔵庫内の整理整頓ぶりは二人 の血の繋がりが、同じ血が成したことだったに違いなかった。そして、だから こそ、パピは麻木に愛想が良かったのだろう。彼女にとって、楓に甘えること は当たり前のことだった。楓は家族の一員であり、麻木はその父親、親しい人 間だ。そう考えて、白い猫は特別のサービスをしてくれていたのだ。つまり、 楓の父親はカホとは結婚しなかったが、彼女と別れた後、他の女性と結婚し、 彩子とミーヤ、二人の子をもうけた。それだけの話なのだろう。そう言えば、 真夜気はミーヤは養子に出されたと言っていた。ならば、兄の楓も義父である 麻木に育てられ、ミーヤも両親と過ごすことは叶わなかった。それから考える に、彩子も当たり前の家庭にはいなかっただろう。 同等、か。誰か一人だけ、安気に過ごしたわけじゃなく。皆、一様に。 麻木はそこから先は胸の奥底に呑み込み、慌しくばたつくマンションの関係者 達とは一線を画すように一人、非常用の階段を上り始めた。考え事をするには 悪くない散歩だ。歩いている内に新しい視点も開けて来るかも知れない。 昨日までは全く考え付かなかった新たなカードを玲子がもたらしてくれた。 ミーヤは小鷺の片思いの相手というだけでなく、真夜気の従兄というだけでも なく、楓の異母弟でもあった。その事実がこの事態に新たな局面を見出す鍵に なるのではないか。麻木は息を切らしながら五階への入り口に辿り着く。ふと 目をやる。すると、あの鉄柵前に花台が出され、そこには黄色いチューリップ がたっぷりと盛り込まれた黒い花瓶が載せられていた。何の予兆なのだろう? 花の前に立ち尽くし、麻木は俄かに考え込む。小鷺の黄色を多用した風変わり ではあるが洒落た部屋に立ち入らない、いや、踏み込むことが出来ない、黄色 という色を恐れるミーヤが活けたらしい花。まるで今日という日を選んだよう に用意された黄色いチューリップ。これはただ、ミーヤが回復したというだけ の証なのだろうか。 これこそ、楓が見たがっていた花なのかも知れない。ミーヤが活けていると いう確証はなかったはずなのに、楓は雇われたプロではなく、六階の住人自ら が活けていると決め込んでいる様子だった。ならば、楓は知っていたのだろう か。それとも何とはなく感じ取っていたのだろうか。 兄弟だから、か。 ミーヤが楓の異母弟だということ。それは麻木にとって、意味のないことなの かも知れない。幼い子でもなく、更に経済的にも成功しているミーヤと麻木が 関わる理由はない。だが、それは決して、どうでも良いということではない。 なぜなら、その血縁ははっきりと、麻木に楓の血筋を突き付けて来るからだ。 ミーヤに通常とかけ離れた特殊な力があるのか、否かは聞いていないが、ない とは言い切れなかった。実際、年齢のわりにミーヤは高収入であり、真夜気達 一族は彼一人に精神的にまで依存しているふしがある。よしんば、ミーヤが姉 の彩子同様に普通の人間だったとしても、異母兄である楓には従弟の真夜気と 同じ血が流れているのだ。同類である可能性は否定出来ない。 お仲間かも知れないんだ。同族なんだからな。 占いで生計を立てる、風変わりな一族の血が楓にも流れている。即ち、真夜気 に出来ることは従兄である楓にも出来ることなのかも知れない。真夜気が麻木 の思考を見て取るように楓にも、そんな真似が出来るのか、否か。楓の普通で ないところ、麻木が恐れていたもの。それを考える。 |