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 桁外れの容量を誇る抜群の記憶力と勘。時折、見ると言う、不可思議な夢。
何を意味するのか、さっぱりわからない絵を描いていた幼い楓は、もしかする
と何も変わらないまま、大人になったのではないか。
オレは何を恐れているんだ? 
何で、こんなに不安なんだ? 
麻木は自分の心が掻き乱されていると自覚している。だが、自らを苛む原因が
わからない。何が自分を不安へ駆り立てているのか、それがわからなかった。
 確かに楓は正体の知れない、変わった子供だった。なぜ、夜更けに急に泣き
出すのか、なぜ、幼いにも関わらず、冷たい身体をしているのか、ずっと何も
わからなかった。彼の実父が生きているのか、死んでいるのか、それすらも。
だが、今は少しずつだが、楓の謎だった部分が解き明かされようとしている。
実父は既に亡く、異母妹弟がいる。更には医者になるのを辞めた従弟と、入院
中の二人の従妹。真夜気の父親は楓にとってはおじだ。そして、曾祖父。もし
も本当にミーヤが楓の異母弟なら、それくらいのことは事実として確定するの
だろう。そして、それがずっと知りたかった楓の素性なのだ。しかし、麻木の
心は一向に晴れなかった。むしろ、楓の姿がまた薄れて行くような、心細さを
味わっていた。身の上を知れば知るほど、楓のその正体は怪しくなって行く。
真夜気は自分達の家は化け物の巣窟だと言った。楓がその一員だとは思いたく
もなかった。自分が育てた子供には当たり前の、普通の人間であって欲しい。
そう心から願いながら、麻木は諦めかけてもいた。大体、こんなことを必死で
願うのは自分自身がとうに楓の正体に見切りをつけているからに他ならない。
心労で病んだがために妄想を見ていたのではなく、生まれ持った人間離れした
能力で普通の人間には見聞き出来ないものを見、聞いて、それを口にしていた
だけなのではないか。
オレは楓を信じなくてはならん。
何が何でもオレだけは信じてやらなければ。
麻木は繰り返し呪文のように自分に言い聞かせる。そうしなければならないと
強く感じられてならないからだ。
これじゃ、単なる呪縛じゃないか。
そう知りながら、今まで自分が身を任せて生きて来た、その惰性の如き信念を
貫こうと決める。あの雨の夜に誓ったことは守らなくてはならない。その使命
から逃れることは出来ないと信じていたかった。それが結局、一番気楽な今日
と言う一日の生き方なのだ。ドン。
えっ?
耳をつんざく爆音と強い衝撃に麻木の身体は大きく、波のように揺れた。突き
上げて来る振動とピリピリと震える空気。一瞬、地震かと思ったが、あまりに
揺れの種類が異なる。間髪入れずに加えられる次の一撃が更に揺るがないはず
の足元を揺すった。
爆発だ。
そう悟ったと同時に非常ベルがけたたましく鳴り始めた。火災が起きたのだ。
直感すると同時に麻木は走り出していた。楓の部屋に楓はいない。例の新人の
録音作業に追われて留守にしている。だが、あの猫は来ているかも知れない。
今日はすこぶる天気が良いのだ。この絶好の昼寝日和にパピが遠慮するはずが
なかった。助けてやらなければ、その一念で麻木は走った。

 

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